【vol.45】メキシコ・暴力と写真の日々

長期でメキシコ中部のゲレロ州の撮影をしている。

自分の思い入れのあるテーマでは、はじめてフィルムではなくデジタルで撮影している。フィルムがない分荷物も少なくなり、デジタルはフィルムよりも暗いところで撮影できるので良いのだけど、36枚撮るごとにフィルムを変えていた作業がなくなったため、どれくらい撮影したのかという肉体感覚がまったくなくとても不安になる。

ゲレロ州ではマフィァ組織の対立の激化で毎日のようの殺人が起きている。道路に打ち捨てられている遺体の多くは拷問された後が生々しく、遺体や残留品を細かく切り刻んでゴミ袋に入れられたものなど、およそ人間が持ち合わせているだろう、すべての暴力性が煮詰まってぶちまけられたような凄惨なものが多い。

遺体の傍らには紙に書かれたマフィア組織のメッセージが添えられている。住民たちは仕返しを恐れて口を固く閉ざす。警察も遺体を回収するだけで、現場での鑑識作業や捜査はほとんどしない。マフィアと警察、軍と政治の癒着など、構造的な腐敗のため犯人が捕まることは皆無だ。国際的に大きなニュースとなったゲレロ州イグアラで43人の学生が行方不明になった事件も、マフィアと癒着したメキシコ軍の所業と言われている。

アカプルコの地元カメラマンのベルナルの家に泊まって暗殺現場を回った。観光地で有名なアカプルコでは特に殺人率が高く、夜暗くなると車も含めて街にはまったく人気がなくなってしまう。

ベルナルは彼が持っている情報網から連絡がはいるとボロボロのセダンに乗り込み、クラックションを常に鳴らし、赤信号であろうが何だろうか御構いなしに前方の車を激しくかわしながら猛スピードで現場に急行する。彼の車は組織に住所をばれるのを恐れてナンバーが取りはずされ、ドアの鍵も盗難されないように改造してある。

通り道すがら彼はここでも殺された、あそこでも、と話す。

「ここでは誰も信用できない、今までどれだけ仲間が殺されてきたか」

昨年、ベルナルはマフィア組織から脅迫を受けてメキシコシティでしばらく生活をしていた。

「メキシコシティでは撮影仕事なんてほとんどないしさ、現場に戻って撮影するのが性にあっているし、安全になったわけではないけどアカプルコに戻ることにしたんだよ」と刹那的にベルナルは話す。

ある日、刑務所の囚人の待遇改善抗議デモを一緒に撮影していると、ベルナルは警官に警棒で肩と背中を殴られてしまった。僕は何とか寸前で避けることはできたけれど、それ以降はカメラが壊されてしまうのではと彼らに近づいての撮影はできなかった。

興奮した警官隊は群衆を蹴散らした後も無差別に通りに止めてあるバスやタクシーなどの窓ガラスを叩き割り始めた。ベルナルは「俺の車だ!」と叫んで、ぎりぎり壊される前に彼のセダンを守ることができた。

デモとは関係ない、逃げ遅れて怪我をした男性の頭の血を若い指揮官が自分のシャツの袖で拭っているところを撮影すると、その警官は後でその写真をくれと誇らしげに僕たちに言った。ベルナルと顔を見合わせて「後で送るよ」と言ったけれど、彼らが怪我をさせた張本人なのにまるで自分たちが助けたかのような振る舞いに二人で呆れてしまった。

「あんな野郎に写真を送るわけないだろう」と吐き捨てるようにベルナルはいった。

撮影後、一息いれようと市場の食堂に入ると彼は放心したように両手で顔を覆いしばらく動かなかった。食堂を出た後、「俺たちの目の前におかまのカップルがいただろ、スマホの画面を見るふりして俺の写真を撮っていた気がする。このエリアはマフィアのスパイだらけだ。銃を持って来いと仲間に連絡するなんて簡単だよ」と静かに呟く。

外国人の僕と違ってメキシコ人の彼らは逃げる場所はどこにもない。市井の彼らの生活は些細なことがきっかけで強大な暴力に簡単に握りつぶされてしまう。

取材で夜遅くなり、アカプルコでも特に治安が悪い地域の家に泊めてもらった日の明け方、鶏の鳴き声と野良犬の遠吠えに混じって銃撃の音がバンバンと断続的にしばらく響いた。飛び起きて目をさますと「いつものことさ、目覚まし代わりだよ」と隣で寝ていた若い男の子はおどけて話す。

ベルナルは「問題が解決しない最大の原因はメキシコ人が暴力に慣れてしまい鈍感になっていることだ。一人になりたい時は海を眺めながら今まで死んでいった奴らに想いを馳せながら酒を飲むんだよ」と眩しそうに海の方を見ながら言った。

興奮した警官隊はバスの中に避難していた住民を取り囲み、警棒で窓ガラスを叩き割って追い出した。

亀山 亮

かめやまりょう◎1976年生まれ。パレスチナの写真で2003年さがみはら写真新人賞、コニカフォトプレミオ特別賞。著書に『Palestine:Intifada』『Re:WAR』『Documen tary写真』『アフリカ 忘れ去られた戦争』などがある。13年『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞を受賞。新作写真集『山熊田 YAMAKUMATA』を2018年2月に刊行。