ヒトが生きるために必要なのは共に生きる動植物たち
近頃頻発するスロースリップ(ゆっくり地震)。これは大陸プレートの歪みが限界付近に達し、ギリギリのところで耐えている際に起きる現象らしい。つまるところ近い将来、またもや未曾有の大地震が待っているという。将来の不安を煽って皆を誘導するのは汚い政治の常套手段だが、こうなってくると今号は正直に言うほかあるまい。飽食の時代にあえて野食を実践する意味は、美味い飯を得るための本能と人間本来の姿を取り戻す脱・支配にあるが、これまでもこれからも、本誌が暗に意図しているのは防災である。
続・飲料水の確保術
自然界の動植物を食べる前に、災害に備えるならひとつ重要な糧の得方を知らなければなるまい。近くに綺麗な渓流がなく沼や海しかない場合の(山に住まない限りはそうだろう)、自然界から純水を得る方法だ。
写真/降旗俊明
知っていて損はない身近な水の蒸留法
生活の糧を直接自然から得ることのない都市型生活では、有事の際も金という仮想価値に頼るしかなく、混乱した状況下でそれが意味をなさないとわかれば途方に暮れるだけだ。インフラが破壊されて電気、ガス、食料や水、その他諸々の糧が得られない時、人は平静でいられるだろうか。確かに高度に発展した社会の中では、待っていればいずれ何かしらの救済を得られるだろう。とはいえ、長い復興期間を耐え忍ぶ精神の救済は自分自身でどうにかするしかないのである。この時、最も支えになるのはどんな環境でも生き抜けるという自信。いざという時の対処法がわかっているかいないかで、心持ちは変わるだろう。
ここで提案する野食は、自然界の水である。美しい湧き水や渓流が近くにあれば話は別だが、都市部ではそうもいかないので浄水をせねばならない。で、本誌周りの野営エキスパートと話し合った結果、個人でできる浄水方法のうち、最も効果的な方法はやはり「蒸留」ということになった。
具体的な蒸留装置の説明は次頁に回すとして、ここで端的に成功の鍵を挙げるなら、それは水蒸気の冷却である。実際、多くのサバイバリストが身近な道具だけで水の蒸留に挑戦しているようだが、ほとんどは水蒸気を効率的に水へ凝縮できず、実用域に至っていないのが現状だ。本誌読者であれば、自然界で火を熾すことなんてお手の物。あとはそれを逃さずに、水に戻してやるギミックを作れば良いのである。
身近な日用品だけで構築された野外蒸留機プロトタイプ
FIELD DISTILLATOR
蒸留とは、混合物を一度蒸発させ、再び凝縮させることで沸点の異なる成分を分離・濃縮する操作だ。泥や砂利、金属類などの固体はもちろん、汚水に含まれる多くの毒素は水よりも沸点が高いため分離される(例えばセシウムの沸点は658℃)。今回製作したのは蒸留酒の製造に用いられる装置各部をそのまま日用品に置き換えたもので、蒸留釜~貯蔵タンク間の導管が長いのが特徴だ。沸騰したヤカンの口にコップをかけるだけでも少量の水は獲れるが、ほとんどの水蒸気は水滴になる前にコップから逃げてしまう。導管を長くし、途中で冷やすことで、先の問題を解消したというわけである。
蒸留酒の製造システムをそのまま日用品で再現
ヒントはウィスキーの蒸留装置で、ポイントは導管に設けた冷却槽。水の流れをスムーズにする各部の高低差は、ブッシュクラフトの定番工作物であるトライポッドを利用した。ただし、あくまでこれは編集部製作のプロトタイプなので改善の余地はまだまだある。自身のアイデアを投入して精度をあげてほしい。
[蒸留釜・加熱炉の構造]
源水の水位
源水は泥でぬかるんだ水たまりから取得。この際、ヤカンいっぱいまで源水を入れず、注ぎ口への水蒸気の通り道を確保しておきたい。ここを塞いでしまうとほとんどの蒸気は蓋から出てしまう。
加熱炉のレイアウト
ホースに耐熱性はないので火床も離れた位置にセット。ここではヤカンを吊り下げることで、炎~ヤカンの位置調整を容易にしている。熾がある程度できれば、そこにヤカンを置いておくのが一番だ。
蒸留釜~導管の接続
ヤカンの注ぎ口にそのまま散水ホースをねじ込んで蒸留釜~導管を接続。熱の影響をできるだけ避けたいので、あまり深くまでねじ込まない方が良いだろう。
[冷却槽の構造]
冷却槽のシーリング
バケツに水たまりなどで得た水(※)を入れて水冷式の冷却槽を作る。ポイントはホース外径に合わせた穴を棒ヤスリなどで空け、水が漏れないようグロメットでシールすることだ。グロメットはビニールテープの厚巻きなどで代用できる。
※ここでは構造がわかりやすいよう川の水を用いた
蛇管(導管)の高低差
ホース内側についた水滴をいかにスムーズに下方へ流すかが冷却槽のポイント。ヤカンから上がってきた水蒸気が貯蔵タンクへ落ちるよう、ホースは綺麗な螺旋状にする。
[貯蔵タンクの構造と蒸留成果]
導管のレイアウト
最終的に導管は貯蔵タンクへ差し入れておくが、この際導管をできるだけタンクの底へ近づけて、ここでも水滴にならずに到達した水蒸気を凝縮させる努力をしたい。
集水過程
ヤカンの中の源水が沸騰を始めると、すぐさま導管の内側には水滴がつく。数十分もすればそれが蒸気とともに貯蔵タンクへ落ち始める。
蒸留成果
容量2Lの貯蔵タンクに約30分の蒸留で溜まった純水。水たまりの濁った泥水は見る影もなく透明になり、かすかに焚火臭がするだけだ。導管に用いた散水ホースの耐熱性を改善すれば(※)、十分に実用可能だろう。
※それでもヤカン~導管の接続部が溶けるなどということはなかった
成功は一回にして成らず 野外蒸留機の失敗例
一升瓶を用いた蒸留
水蒸気を逃さず導管へ導くことを考えた際、身近にあるもので最も理想的なのは一升瓶であると考えて最初に試してみたが、最終的に瓶の耐熱性がなく、蒸留釜が割れて失敗した。
一升瓶の口は内径約20㎜が規格。散水ホースもちょうど外径20mmだったので、シーリングなどをせずに差し込むだけでぴったり密着した。
一升瓶を直接火にかければ割れてしまうので、最初は湯煎を試すも源水は沸騰せず。石焼きに変えると沸騰を始めたが、しばらくして瓶底が割れてしまった。
結果は湯煎、石焼き仕様を合わせて一時間ほど試し、小指の爪ほどの純水を取得できた。やはり盛大に蒸留釜を熱せなかったことが敗因だろう。
導管に高低差がある蒸留
一升瓶での蒸留レイアウトをそのまま活かしたヤカン仕様。源水は勢いよく沸騰するが、冷却槽までの高低差がありすぎてホース内の水滴がヤカンに逆戻りしてしまった。