【vol.27】B級ハイキングの勧め ー健康維持目的だけでは歩けない人へー

ニッポン産業を支えた産業遺産をいく

視界を遮る藪の壁ヒグマ、アブ、ヘビ、コウモリ多くの困難を乗り越え野生生物の恐怖と闘いながら炭鉱の廃墟を探索する。

注)自然に還りつつある遺産であっても建物〜地域を管理する機関に確認してから訪問すること。それを怠れば不法侵入となる。また、探訪は危険に満ちた藪山と同じであり、いかなることが起きても責任は自身にある。十分な確認と覚悟がなければ近づくべからず。

Text&Photo/Shigeo Katori(TEAM廃墟)

「TEAM廃墟」 とは

全国の廃墟を探索している。特に日本から消えゆく鉱山廃墟への思いが強い。産業そのものが姿を消した今、残された廃墟=産業があった証を記録し続けている。
http://www.geocities.jp/teamhaikyo/

昭和炭鉱

1930年に操業を開始し、良質な石炭を産出した。北海道沼田町の山奥には大きな集落が形成されたが、1969年の閉山に伴い無人となった。


 

道なき道を切り開き坑口を探し続けた

廃墟を探索するうえで、避けられないリスクがある。主に、老朽化した建物による負傷等のリスクと、近隣住民に通報されるといったリスクだ。しかし今回、それらをはるかに上回る野生生物というリスクに対峙することとなった。

今回のターゲットは、北海道北西部に位置する昭和炭鉱跡地だ。当初はゴールデンウィークに訪問する計画だったが、所管する公共機関に電話で問い合わせたところ、5月でも膝下まで残雪があることが分かった。その際、「十分気を付けて行ってきて下さい」と強調され、妙に心配性な人だな、などと思っていた。この時点では。

この情報が決め手となり、計画を7月に変更した。今になって思えば、これが最大の失敗だった。

現地に着いたのは、午前10時。林道のゲート前にレンタカーを停め、身支度を整える。飛行機に搭乗する関係で、いつもは装備しているナタやトレッキングポールは持ってきていない。トレッキングポールは、本来の用途とは別に、藪を切り開く際に振り回して使っていた。

今回は、現地に落ちている木の枝で代用することにした。なるべく細くて硬い木の枝を勢いよく振り下ろせば、ある程度の藪は切り開くことができる。

北海道を探索するうえで最も警戒しないといけないのは、ヒグマだ。本州に広く分布するツキノワグマも脅威ではあるが、遭遇して危害を加えられたとしても、致死率は数%と意外と低い。それにひきかえ、ヒグマによる致死率は40%に迫る(※典拠:日本クマネットワーク「人身事故情報のとりまとめに関する報告書」)。

ヒグマとの遭遇は、死に直結する。これ以上のリスクは、他にないだろう。この日のために新調した熊除けのスズを腰に装着し、いよいよ探索がスタートした。

ダートの道を歩きはじめると、いきなり獣の足跡が目に飛び込んできた。熊の足跡ではなさそうだが、いちいち反応してしまう。

今回、一人で訪問していることも、リスクを倍増させている。もし万が一のことがあった場合、助けてくれる人も、助けを呼びに行ってくれる人もいない。全ては自己責任だ。

道の両脇は茂みになっていて、ガサガサと物音がする度に視線を向ける。カーブになっている個所では、常にカーブの外側を歩き、少しでも遠くを見渡せるように気を配る。長い道のりをビクビクしながら歩くのも疲れるが、こういう時は臆病なほうがいい。ワイルドにズンズン突き進んだほうがカッコいいが、そういう人ほど早く死ぬのがセオリーだ。

1時間ほど歩いていると、道に草が生えてきて、次第に藪と化してきた。藪の丈は低く、膝上程度なので、難なく歩くことができる。

徐々に藪が深くなってきたところで、昭和炭鉱の遺構が見えてきた。1969年の閉山以来、既に47年が経過している。コンクリートの建物が、ボロボロになりながらもかろうじて建っている状態だ。構造から判断すると、2階建ての宿舎だろうか。天井は抜け、大木が建物を貫き、至る所から草木が芽吹いている。人工物と自然の融合は、時として美しくも見える。

これまでの探索で汗だくになったので、最高の景色を眺めながらしばし休憩していると、虻が邪魔をしてくる。数十匹の虻が一斉にたかってきたのだ。しかし、ヒグマの脅威の前では、虻など単なる雑魚キャラに過ぎない。持っていたタオルを振り回して虻を払いのけ、お茶を飲み干してから探索を続けた。

その後も、藪に覆われた道の両側には、何棟かの建物が見えた。通常であれば、こうした光景を見て満足して引き返すのだが、今回は違う。ここはまだ、目的地ではない。

目指していたのは、隧道マーケットと呼ばれる地下商店街だった。昭和炭鉱は豪雪地帯に位置するため、冬場は外出もままならない状況だったという。そこで、1本のトンネルを掘り、地下に商店街を造ったのだ。

雪害対策のためにトンネル内に商店街を造るという試みは、世界的に見ても例がない。これを見ずして、帰る訳にはいかないだろう。

隧道マーケットの入り口を探すが、これが全く見つからない。最大の敵は、藪だった。ルート上の藪は腰程度なのだが、左右には身長を超える高さの藪が生い茂り、壁のように立ちはだかる。

初訪問で場所も分からないため、適当にあたりをつけて2メートル級の藪を切り開いて山の斜面を確認するが、トンネルの坑口は見つからなかった。海に落としたビー玉を探すような作業を何時間も続けたが、坑口は見つからない。作戦を変えて、道ではない沢を歩く作戦に出たが、出来立てホヤホヤな獣の足跡を発見し、撤退した。これでは埒が明かない。非常に残念だが、無念の撤退を決めた。さらに1時間歩き、ゲートまで戻って来た。

濃い藪に阻まれた1日目の探索

身長を超す藪は、全てを覆い隠す。目印となる建物さえ捕捉することができなかった。

失敗すると20m下の川へ転落する危険な地点だ。慎重にジャンプする。

くっきりと残る獣の足跡を見つけた。周囲への警戒が必要だ。

草木の間から見える人工物。これだけ見えれば、まだいいほうだ。

沢を歩く作戦は、出来立てホヤホヤの獣の足跡を見て断念。


 

炭鉱資料館や近観光施設で情報収集し、栄えていた当時の写真と地図をゲット。これは大きな手がかりになりそうだ。

手に入れた情報を元に探索を再開する

翌日の早朝、私は再びゲートの前に立っていた。前日の間に隧道マーケットの情報を収集し、今日行く予定だった場所の探索を済ませ、200キロほどドライブして再び帰ってきたのだ。何としてでも絶対に隧道マーケットをこの目で見たい。その一心だった。

情報収集して分かったのが、訪問時期のマズさだ。ある関係者に言わせると、北海道の薮は深く遭難するレベル。坑口なんて見つかる筈がない。7月はヒグマの活動期でもあるし、絶対に避けたほうがいい。と散々なものだった。どうやら、残雪のある5月に訪問するのがベストだったらしい。とはいえ、今さら諦める訳にはいかない。

見覚えのある道のりを1時間歩き、昭和炭鉱跡周辺に到着。炭鉱が栄えていた当時の地図を見ながら隧道マーケットの坑口を捜索するが、なかなか見つからない。それらしい場所を見つけては、川を越えて数十匹の虻にたかられながら薮を切り開く。坑口がなくても諦めずに、それを何度も繰り返した。

昨日の探索開始から1日と22時間、ようやく隧道マーケットを発見した。薮の切れ間にトンネルの坑口を見つけた時は、大自然の中で一人小躍りして喜んだ。

早速、内部への潜入を開始する。トンネル内部の片側だけ掘り広げ、そこに店が設けられていた。

魚屋や呉服屋など、通常の商店街と同じような店が並ぶ。閉山から47年が経っているのに、店の看板や、閉山に反対する貼り紙まで残っていた。地上の荒廃ぶりとは対照的だ。

当時はここで多くの人たちが買い物を楽しんでいたのかと思うと、胸が熱くなる。転がっている商店の残骸を動かさないように気を付けながら、そっと撮影した。

私は廃墟を探索するにあたり、気を付けていることがある。探索中はもちろん、事後においても誰にも見つからないことだ。残留物を動かさないのも、その一環だ。侵入の痕跡を一切残さないことが、廃墟に影響を与えない最良の方法だと考えている。

廃墟といえば、夜中に金属バットで破壊に来る者や、スプレーで落書きに来る者もいる。私としては、そうした行為を非難するつもりはない。それも含めて、廃墟だからだ。

さらにいえば、いつかは自然崩壊したり、解体されたり、はたまた世界遺産として保存されたりするのもまた、廃墟の宿命といえる。

廃墟の全てを受け入れるが、自分自身は一切加担しない。ただひたすら傍観者に徹する。それが廃墟趣味者としての自分の立ち位置だ。

懐中電灯がないと何も見えない真っ暗なトンネルの中は、コウモリの住み家にもなっていた。無数のコウモリが飛び交う中、時間を忘れて往時に思いを馳せていた。2日間に及ぶ苦労を忘れさせてくれる至福のひと時だ。

大変な思いはしたが、良い思い出だけを胸に、昭和炭鉱の探索を終えた。

そこにあったのは人工物と自然の共演

用途廃止から半世紀近くが経過し、鉄筋コンクリートの建物でさえ、自然と融合しつつあった。

過去の繁栄を示す特異な空間があった

ついに、念願の隧道マーケットを発見!汗だくになって2日間探索した苦労が報われた瞬間だ。

レンガ積みのトンネル内は、老朽化していて崩れかけていた。今は崩れませんようにと祈りつつ探索。

商店には多くの商売道具が残されていて、当時の様子が伝わってきた。これは魚を陳列していた冷蔵ケースだろう。

反対側の坑口は土砂崩れによって完全に埋もれているため、水はけが悪く水没していた。長靴で可能な限り探索する。

トンネル内には多くのコウモリが生息している。探索中も、常に頭上をコウモリが飛び交っていた。