【Vol.34】藪山道楽 ー近所の遊び場から自立して生きるためのヒントを学ぶー

野生に還りつつある近所の里山こそ学び舎
藪山野営術

かつては杣人達の山。今では野生の山。より野生を磨くにふさわしい場所だ。自然はいつも適度に恵みをもたらしてくれる。豊かな自然に触れることで、心も豊かになる。森の奥へ、一歩奥へ、野生力を試す最高のフィールドが藪の向こうにある。

写真・文/荒井裕介


 

藪山の楽しみ方

生活の痕跡が残る恵みの森は楽園だった。

福島県南会津町の美しい山々。かつては杣人が木地小屋を山中に作り山と共に暮らしていた。周辺は道が綺麗に整備され観光スポットも多く存在するが、一歩山に足を踏み入れると美しいブナ林やコケ生した森が広がる。微かに残るゼンマイ道の名残は獣道と化している。透明度の高い沢は森から幾筋も注ぐ湧き水で木漏れ日を反射し、ひんやりと静まり返っている。枝沢にはいくつもの滝があり魚止めになっていて、要領を掴めば簡単に獲物にありつけるのだが、前日まで降り続いていた雨が影響したのか食いが悪い。食い気のあるのはどれも小さいものばかりだ。

五月の下旬は、魚以外にも沢山の恵みを頂くことができる季節でもある。道すがら様々な山菜を見ることができるのだ。一般的にも馴染みのあるタラの芽やワラビ、フキ等をはじめ数種類は簡単に見つけることができる。それらを必要な分だけ採取し、美しい森と澄んだ沢を楽しみながら目的地を目指す。

一歩森に踏み入ると、堆積した落ち葉がフカフカの土壌を作り、森のいい香りがする。所々に湧き水があり湿地の様になっている。湿地帯は獣がヌタ場や水場として利用した痕跡が見られる。湿地のそばに平たい台地をみつけた。そこには土に埋もれたふるいワイヤーが顔を覗かせていた。木地小屋の跡だ。今では手付かずの原生林と化した森だが、人々が自然と共に暮らしていた痕跡を垣間見ることができるのだ。

数年前の大雨の影響で沢に土石流が押し寄せ樹々をなぎ倒した。その影響もあり、雪解けと共に斜面が崩壊してしまった場所も多く見られる。藪漕ぎでは時にそんな所も通過しなくてはならない。沢靴でそういった所や落ち葉の堆積した所を通過する場合にスパイクは必需品だが、横着をしてフェルトソールのまま歩いていたら、ヌカルミで見事に滑ってシリモチをついた。その弾みでレインウェアの袖を破いてしまった。

枝沢を使い森を抜け、再び大きな沢に降り立つと、下流より明らかに魚影が濃くなってきた。猟期に仕留めたキジとヤマドリの羽根で作った毛鉤を流れに打ち込むと、小気味よい反応が返ってきた。尺とはいかないがそこそこのサイズのイワナが数尾釣れた。沢には豊富に水と流木があり、水と薪には困らない。薪の多くが広葉樹で火持もいい。まさに快適な野営が保証されているのだ。

しかし沢では急な増水に即座に対応できる様に準備しておく必要がある。沢よりも高台に幕営地を設けるほか、増水時に簡単に移動できるようにシンプルな野営を心がけたい。

手付かずの自然と杣人の痕跡が心を凛とさせる。細い流れにもイワナが棲む。かつて土砂で押し流された大岩が点在する場所では、新たな樹々たちが大岩を抱えるように森を作り出している。藪の中は命の営みを強く感じられる場所なのだ。

主沢に降りると良型の魚影が現れる

枝沢の細い流れや魚止めの滝壷ではコンスタントにアタリがあり、飽きることなく山行を進められる。藪の濃い高巻きを強いられてもその先にあるイワナとのやり取りがあればこそ乗り越えられるのだ。

藪山で寝る方法

最良の幕営地は薪と水が選択の要になる

豊かな森は恵みを多くもたらしてくれるが、豊か過ぎる森は幕営地に向かない場合もある。特に春の森は土壌が雪解けの水を多く含んでいるので湿度が高い。朝夕の結露も多く、不快に感じられる時もあるのだ。

また、春の草木は冬の眠りから覚めると、一気に水を吸い上げる。そのうえ昼夜の気温差も大きいため、森全体が結露した様な状態になることがある。それはそれで神秘的で好きなのだが、装備をできるだけドライに保ちたい場合は、樹林帯を抜けて地面が露出している場所を選択する方が快適である。木の屋根があり、地面の露出した場所はそうあるものではないが、出会えれば最高のキャンプサイトになる。メジャーな沢のそういった場所にはファイヤースポットが残っていることがあるので、積極的に利用したい。

僕は沢がある場合は沢沿いに幕営地を作ることが多い。水の確保や薪の入手が容易だからだ。また沢沿いの下草が少ない場所やかつて流れがあった場所では、砂が露出していて水はけのよい場所もある。それでも流れよりも高い場所を選定するべきである。また、沢筋では朝夕の風が一定方向に吹くことが多く、天候が急変する際の目安に風向きを利用することもできるのだ。焚き火の煙の流れが、その後2時間以内の天気予想に役立つこともある。

ちなみに、沢沿いで流木の溜まりや木が一定方向に倒れている場所は、野営地には選ばないこと。増水や鉄砲水がおきた場合、危険が及ぶ可能性が高い。その場合は、水場から遠くても高台の樹林帯を選択する。また、山の頂きに厚い雲がある場合も、上流で雨が降っている可能性があるので、安全を考慮してキャンプ地を選択してほしい。自然の中には必ずそれらのサインがあるので見落とさないようにしたいものだ。

斜面から斜めに生えた木もあり、タープ設営も容易で、山側にすぐに逃げられる平場があった。ほとんど人が入ることのない場所なので、秘密の野営地と言える場所だ。その他に野営地として有効に利用可能な場所としては、木地小屋やゼンマイ小屋跡などがお勧め。そういった小屋跡からは水場が近い場合も多い。是非森の声に耳を傾けてみてほしい。

流れから少し離れた少し小高い場所で、木の屋根があり見通しがよい平場を選んだ。背後には少し登れば別の平場がある。悪天候時のエスケープルートも確保できる絶好のキャンプサイトに出会った。

新鮮な山の幸を食べる贅沢な時間がご褒美だ

フラシで活かしておいたイワナを刺身で食べる。甘みがあってトロッとしている。ワラビは灰で灰汁抜きをして水にさらしておく。フキを醤油煮にして焚き火の横でゆっくりと冷ます。持参した鹿肉を焼き上げれば、春の山の幸が詰まったブッシュプレートの完成だ。

藪山で採れる山菜

生活に根付いた山だからこそ多くの恵みがある

山菜は類似したものや適切な採取時期があり、最低限の知識を持たなければ自ら収穫し食すことは難しい。僕は子どもの頃から会津マタギや父と共に山菜やキノコ狩り、狩猟について回っていたので、ある程度の識別や下処理法は心得ているつもりだ。灰汁が強いものを灰汁を抜かず食べてしまい口の中がおかしくなったことはあるが、誤食による中毒等を起こしたことは今まで一度もない。自分で言うのもなんだが口に入れるものに対しては臆病な部分がある。カエルや蛇の類いは処理さえ間違わなければ問題ないが、植物や菌類は命に関わる中毒を起こすこともある。だから食用になるものと合わせて毒性のあるものも覚えるように心がけている。

今回は代表的な山菜を紹介しているので、機会があれば採取してほしい。香りを楽しむものや食感が良いものなど様々だがどれも美味い。季節を感じ、心も豊かになるうえ、野生力がアップすること間違い無しだ。

今回の山旅で採れた山菜早見表

コゴミには少し時期が遅いが、ワラビやミズ、ウルイ等はまさに最盛期だ。入山者が少ないこともあるのだが沢沿いの日当りのいい場所では山菜がまさに時期を迎えていた。山菜を目にすると胸が踊る。

フキ

誰もが知る山菜!フキノトウから始まりフキは沢山楽しみがある。筋を取り、茹でこぼして煮物にするのが代表的な食べ方だ。香りがよく、僕は煮染めたフキを保存食としても利用している。抗菌作用があるので弁当に最適!

タラノ芽

天ぷらで抜群に美味い山菜。コシアブラと香りが似ているが、山菜の中ではクセがなく食べやすい山菜だ。比較的東京郊外でも容易に採取できる。山菜の登竜門的な存在ではないだろうか?

ウルイ

オオバギボウシの若葉のこと。沢沿い等の湿り気が多い場所に生息する。クセがなく食べやすく歯ごたえもいい。少しヌメリがあって美味い。有毒のコバイケイソウを誤食する事故があるので注意が必要である。

ワラビ

灰汁があるので灰汁抜きが必要。独特のヌメリがあり、おひたしはもちろん、おこわの具にも最適。ヌメリが出るまでよくたたき味付けをしたものを、白飯に掛けて食べるのも最高に美味い。その他、みそ汁や漬け物にも使える。

ミズ

生でもおひたしでもいける山菜の優等生。識別も容易で採取しやすい。沢沿い等に多く自生しているので、釣り人にもポピュラーな山菜だ。クセがなく食感もいいので手軽に楽しめる。

行者ニンニク

僕の中ではかなり上位にランクインする山菜。刻んで薬味としても使える万能山菜だ。熊が好んで食べる山菜でもあるので、自生している場所で熊に出会うこともある。バケイソウやスズランと誤食しない様に注意! 香りがまず違う。

モミジガサ

おひたしや天ぷらなど、幅広く使える山菜。僕は胡麻よごしで食べるのが好きだが、これまたクセの少ない山菜だ。ミズと同じ様な環境に自生していることが多い。サラダ感覚で食べられる山菜の一つだ。

ミヤマイラクサ

葉や茎に刺があり触れるとチクチクとかゆみが出るが、下茹でしてしまうと気にならなくなる。比較的発見が容易だが、採取する際は皮の手袋の着用を勧める。軍手では太刀打ちできない。おひたしやみそ汁の具に最適。

豊かな恵みを育む清らかな流れをもつ森

肥沃な森から溢れ出た清らかな流れが、雪解けと共に春の恵みを運んで来る。樹間から差し込む光を受けて次々と芽生える山菜は豊かな森そのものだ。山が生命力に溢れるそんな季節は、心踊る季節でもある。息を潜めるのではなく息使いを感じる季節だ。