気負わず持てて何でもこなす最適解
見渡す限り誰もいない荒野が広がる……なんて、小さな島国に1億人超の人々が暮らす日本では夢のまた夢。週末に一人で出かけられる場所と言えば、多くが公園併設のBBQエリアや河原、良くても林間のキャンプ場といったところだろう。そんな日本のアウトドアシーンを鑑みると、我々の必需品となるナイフも冒頭のような環境で育った舶来仕様ではなく、“日本固有の進化”があって良いのではないか? ならば日本の野山で遊んでいるナイフメーカーに作ってもらうのが一番なのだ。
というわけで今回のテーマは「ファミリー層も訪れるキャンプエリアでも周囲に違和感を与えず、それでいて、いつものフィールドナイフ感覚で“万事をこなせる最小の1本”」。携行中のナイフ感をなくすという意図で、首にかけておけるネックナイフを前提とした。数値目標としては全長130㎜前後、刃長50㎜前後、刃厚2・5㎜以上、重量(ナイフ単体)70g以下といったところだろう。これらが上手く機能すれば、気負わず持てて何でもこなせる島国・日本固有のスタイルとなるはずだ。
獲物の解体も優にこなすスモールジャイアント
Custom Knife Maker
長田 渓
A&K Handmade Knives
Data
◦全長/130mm
◦刃長/50mm
◦刃厚/3.5mm
◦重量/80g(シースを除く)
SMALL STREAM スモールストリーム
自らが根っからの渓流好きという長田氏は獲物の内臓を傷つけないようにセミスキナーをイメージしたブレードを備える1本を考案。その見た目からも分かる通り、“小型なりの握り心地”ではなく、万事をこなすフィールドナイフとしてしっかり握り込めるハンドルが秀逸だ。鋼材はRWL34。3万3000円(税込)
ナイフとしての資質を高めるため、刃厚は3.5mmに設定。強度に加えて、ある程度の持ち重りを与えることでハンドリングが安定する。
渓流での使用も想定し、ハンドルは渓流魚を刺激せず、かつ岩などにおいても背景に沈みにくい絶妙な赤を採用(リネンマイカルタ製)。
HANDLING
冷えた指でも安全に扱えるようにと、しっかりフィンガーグルーブが設けられたハンドルはネックナイフの域を超えた握り心地。ふくよかなフォルムと適度な重みのおかげで、手のひらへの収まりが大変心地よい。
首元を飾る美しさもまとった正統派フィールドモデル
Custom Knife Maker
髙本龍雄
PARKSIDE
Data
◦全長/132mm
◦刃長/54mm
◦刃厚/3.0mm
◦重量/42g(シースを除く)
PIRKA ピリカ
実用物としてのフィールドナイフが持つ美しい比率をネックナイフにも落とし込んだ髙本氏の1本は、実物を見なければ小型だと分からないほどに完成された造形。切断領域が広いドロップポイントブレードで見た目と同様の万能性を誇る。首に掛けた際の見え方にも着目した素材使いも◎。鋼材はVG-10。3万1000円(税込)
ブレードとハンドルの比率がR.W.ラブレスから脈々と受け継がれるリアルフィールドモデルと同等であり、ハンドリングが非常に良い。
スタビウッド(メープル)が用いられた美しいハンドルは3フィンガー仕様で、グルーヴに人差し指、ハンドルエンドに薬指がぴたりと掛かる。
HANDLING
手に吸い付くような握り心地で、3本指でもネックナイフであることを忘れさせるほど自然な使い勝手を提供する。レザー調のカイデックスシースと合わせて、首飾りのように違和感なく携行できるのも秀逸。
実用的なブレード長を備える類稀なトリックスター
Custom Knife Maker
武市広樹
Rock Edge Works
Data
◦全長/130mm
◦刃長/60mm
◦刃厚/4.0mm
◦重量/77g(シースを除く)
Venator ベナトル
独創的フォルムのタクティカルナイフに定評のある武市氏は、やはりネックナイフを作らせても一味違う。ご覧の通り、ネックナイフたるコンパクトさを備えた上でいかに実用的な刃長を確保するかを追求し、前傾の強いブレードを採用。抜きやすさまでこだわったシースは横向きで首に掛かる。鋼材はRWL34。4万円(税込)
独創的なフォルムに目が行くが、ブレードは刃厚4mmのはまぐり刃となり非常に屈強。対象物のサイズが許せばバトニングも可能だ。
ブレードの前傾に合わせて湾曲するハンドルにはG10ハンドル材を採用。見た目のアクセントにもなる細かなグルーヴが刻まれている。
HANDLING
大きく湾曲したハンドルのおかげで人差し指の掛かりがよく、ハンドルに人差し〜中指を掛けるだけでもグリップ感は十分。シース裏面はマジックテープ仕様となり、ミリタリーウェアのパッチベースなどにも装着可能だ。
独創的シェイプとは裏腹の優れた使い勝手を発揮
Custom Knife Maker
中根祥文
NAKANE KNIVES
Data
◦全長/130mm
◦刃長/50mm
◦刃厚/3.5mm
◦重量/44g(シースを除く)
Haken Neck Knife ハーケンネックナイフ
本誌のナイフメイキング企画でもお馴染みのアイデアマン・中根氏は、画期的なフォールディング機構を備える人気モデルをネックナイフにアレンジ。大胆な肉抜きにより、しっかりと握り込めるハンドルサイズを確保しながら優れた軽量性を実現した。フォールディングナイフのように使えるスナップシース付き。鋼材はVG-10。2万7000円(税込)
ハンドルから前方へオフセットされたブレードは、カッティングプレートを用いた調理時にも優れた使い勝手を発揮してくれる。
中央の大きなホールに人差し指を入れて握り込めるハンドルは、ブレードの背に備わる湾曲に親指を添えると力を加えやすい。
HANDLING
全長の短さに対してハンドルの比率が大きいため、成人男性が握りこんでも窮屈さは感じさせない。クライミングギアのハーケンを連想させるシェイプは、首に掛けた際も周囲に威圧感を与えないので◎だ。
親しみのある和な装いに実践的ディテールが満載
Custom Knife Maker
奈良定守
MAMORU NARASADA
Data
◦全長/128mm
◦刃長/55mm
◦刃厚/2.5mm
◦重量/54g(シースを除く)
TANKETTE タンケッテ
コンパクトさに由来する剛性の高さを加味して刃厚2.5mmのフラットグラインドブレードを採用したのは、実用性に長けた様々な仕掛けを得意とする奈良定氏ならでは。ブレードの積層模様と相まって和包丁のような佇まいを魅せるが、これがまた木工から調理までをこなす万能性に貢献している。鋼材はSKD11。2万6400円(税込)
SKD11ダマスカス鋼により美しい積層模様を備えたフラットグラインドブレードは対象物への刃の入りが良好。これなら刺身も造れるだろう。
シンプルだが幅広に作られたハンドルは、握り方に高い自由度があり、なおかつ指〜手のひらとの接地面が広く取れるので力を込めやすい。
HANDLING
日本人に馴染み深いアゴの出た造形で、サッと手に取った際も握り方に迷いが生じずストレスを感じない。解かずとも長さ調整が可能なソングを備え、好みに応じて小指の掛かり具合を調整できるアイデアも秀逸だ。
携行性に一芸ありの愛着が湧く1本
Custom Knife Maker
成恒正人
BEAR VALLEY
Data
◦全長/130mm
◦刃長/70mm
◦刃厚/3.5mm
◦重量/59g(シースを除く)
KONG コング
道具としての実用性と嗜好品としての存在感が同居するナイフメイキングを実践する成恒氏は、全体としてコロンとしたフォルムに愛着が湧く1本を考案。手のひらで包むようにグリップできる意匠は当然、胸ポケットに収まるカード型のレザーシースも秀逸で、愛用の文具のようなユーザビリティを備える。鋼材はATS-34。3万円(税込)
プライマリーベベルが広く取られた刃厚3.5mmのホローグラインドブレードは、対象への刃の入りと強度、軽量性が高次元でバランス。
ハンドル長を抑えるため、人差し指を中央のホールに入れて握りこむ意匠を採用。木目の美しいカリンコブハンドルは手触りも至極スムーズだ。
HANDLING
フィールドギアとしての無骨な存在感を感じさせるフォルムだが、実はブレードの削り込みやテーパータング、軽量なハンドル材のおかげで軽量。ハンドリングはもちろん、カード型シースを首から下げた際も非常に軽快だ。
切れ味と操作性が光るブッシュクラフターの相棒候補
Custom Knife Maker
林田英樹
HIDEKI HAYASHIDA
Data
◦全長/135mm
◦刃長/50mm
◦刃厚/2.5mm
◦重量/34g(シースを除く)
NECK KNIFE ネックナイフ
スタイリッシュな意匠の中にも実用に長けたディテールを投入する林田氏ならではの片刃ナイフ。変形ハーフタング構造と特徴的なハンドルシェイプが無駄なく融合し、コンパクトサイズ“ならではの”軽量性と“らしからぬ”操作性が両立されている。現場でのちょっとした木工に最高の使い勝手を発揮。鋼材はVG-10。参考品。
深めのアールを備えた片刃により、対象物へ刃を当てた際の入りやすさ、スイープした際の軽い切れ味は抜群。工作好きには堪らない仕様だ。
片刃という特性からハンドルのシェイプもそれに合わせて異形となる。滑らかにR面が取られたマイカルタハンドルはフィット感がよい。
HANDLING
ハンドルの親指と人差し指を添える部分は通常の3インチモデルなどとさほど変わらない幅となり、ブレードの背に力を入れやすい。片刃であることが最大限に活きたフォルムは、実用物としての美しさも備えている。
実践的ラブレスナイフとネイティブな佇まいが融合
Custom Knife Maker
堀 英也
HIDE-BLADE
Data
◦全長/120mm
◦刃長/48mm
◦刃厚/3.0mm
◦重量/35g(シースを除く)
R.W.Loveless Mini City Knife R.W.ラブレス ミニシティナイフ
確立されたラブレスナイフの実用性を軸に多彩な文化を柔軟に取り込むスタイルで新感覚のナイフを生み出す堀氏は、周囲に溶け込む首飾りとしてラブレスナイフとネイティブアメリカンの融合を図った。高い技術でスケールダウンされたシティナイフは「ハンドスケルペル」的万能性を宿す。鋼材はATS-34。3万3000円(税込)
鋭いポイントを備えるシティナイフならではのブレードを踏襲し、ちょっとした雑用から調理までをサッとこなせる軽快さを発揮する。
シティナイフを3フィンガー仕様へスケールダウンするにあたり、相田氏の「ハンドスケルペル」に見る切り欠きをハンドル内側に導入した。
HANDLING
ネイティブな雰囲気の参考にしたのは映画『ラストモヒカン』でも使用されたウインクラーナイフ。バッファローホーンハンドルなど、身につけるだけで所有感を満たす逸品。首紐はコンチョに巻きつけられるのでどこにでも掛けられる。
着用感まで追求した究極のネックナイフ
Custom Knife Maker
安永朋弘
TOMOHIRO YASUNAGA
Data
◦全長/115mm
◦刃長/50mm
◦刃厚/3.5mm
◦重量/62g(シースを除く)
TWO FINGER DROP ツーフィンガードロップ
カスタムナイフシーンきっての技巧派として時に固定観念に捉われないデザイン・ギミックを提案する安永氏の1本は、コンパクト性を極限まで突き詰めた2フィンガー仕様。一見特異なスタイルだが、人差し指が掛かる突起部を差し引いて見ると、実は純真なフィールドナイフなのがわかる。鋼材はRWL34。3万6300円(税込)
見た目にも美しい曲線を描くドロップポイントブレードは、刃長の短さを感じさせない使い勝手。あらゆるエッジに有効なアールがつく。
全長を極限まで抑えつつ、確実にグリップできる造形として2フィンガー仕様のT字ハンドルを採用。これで首に掛けた際も邪魔にならない。
HANDLING
初見のインパクトは大きいが、人差し指と中指をハンドルに掛けてみると手のひらにかちりと収まる。人差し指近くの刃元に逃げがあることも相まって、現場でも安心して使える実用性が与えられている(刃元の処理は注文時に調整可)。
伝説的スモールナイフのDNAを色濃く受け継いだネックナイフ
Custom Knife Maker
相田義人
YOSHIHITO AIDA
Data
◦全長/120mm
◦刃長/45mm
◦刃厚/3.0mm
◦重量/42g(シースを除く)
Pygmy Hand Scalpel ピグミー・ハンドスケルペル
世界的なカスタムナイフの巨匠・相田義人氏の傑作「ハンドスケルペル(※)」を本人自らさらに小型化し、3フィンガー仕様とした1本。ブレードには背がわずかに後傾するセミスキナー的特徴が備わり、引き切る際に全域に渡って有効に使える絶妙なアールが与えられている。指3本がしっかり収まるグルーヴを設けつつ、どんな握り方をしてもしっくりきてしまうハンドルと合わせて、フィールドナイフたる必要最低限の全長、刃長、刃厚をバランスさせた最適解と言えるだろう。9万9000円(税込)
※故C.W.ニコル氏が日本の法律に抵触せず、熊1頭を1本で解体できるナイフが欲しいと相田氏に依頼して生まれたモデル。全長135mmにして本当に熊を解体できる。
単にハンドスケルペルを小型化するのではなく、刃長45mmに合わせて、小型モデルが苦手とする“引き切る”ような使い方も違和感なくこなせる意匠を採用。このサイズ感で刃厚は3mmを確保するなど、フィールドでのタフ性能も十分だ。
人差し〜薬指に加えて、握り心地に干渉しない隠れソングホールから伸びる革紐に小指を掛けられるハンドル。エンドに向けて背を丸めつつ細くなるフォルムは、握り込んだ際の心地よさだけでなく、ハンドルの背すらグリップ力に換える術だ。
HANDLING
握り込んだ際に人差し指は全長のちょうど真ん中あたりに位置し、重心はその少し後方となるため、刃先で細工するような場面でも抜群に安定する。首掛け用のカイデックスシースにはテックロックパーツが備わるので、通常通りベルトに装着することもできる。