【vol.74】春のガラパゴスザメ

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庭の桑の木が実をつけはじめ、雨が多い八丈にも晴れた日が多くなってきた。梅雨がはじまる前にせっせと夏野菜の植え付けや、家屋や畑周りの育ちすぎた木を伐採する。

久しぶりに使う草刈機のエンジンがかからず、力任せに何度もスタータの紐を引っ張ると、リコイルバネが吹き飛んで壊れてしまった。部品は廃盤で取り寄せることができないため、仕方がなく面倒な分解修理を試みる。板バネをきつく巻き上げても狭いスタータケースの中に収めることができず、バネがびょーーんと勢いよく跳ね上がるたびに「ウワー」と雄叫びをあげる。「こんな面倒臭い修理はもう2度とやらない」と、島の農機具修理屋の親父が怒った理由がよくわかった。
 粘ること一昼夜、なんとかコツを掴んで修理が完了。収まるところに収まり、気持ちもスッキリする。

海が荒れる冬の間に、波に揉まれて愛用のナイフとウェイトを立て続けに無くしてしまうことがあったが、物に固執して深追いすると間違いが起きるので、海では決して無理をせず諦めることにしている。ただ、冬は潜れる日も魚も少ないものの、水が冷たいので獲れた魚の身は締まっていて、脂のノリも素晴らしい。魚自体が貴重で獲物感が強まっていることもあり、いつもより美味しく感じる。普段は刺身をあまり食べない連れ合いも箸を伸ばす。

暖かくなると海にも魚が増えて、潮が動く日にはサメもよく出現する。最近はサメにも慣れてきて、あんまり気にせず魚突きを続けることが多くなった。こちらに寄ってくるしつこいサメには殺気を出しながら銛で軽く突いてやると、びっくりして逃げていくことが多い。

最近、白く濁った海の中からこの頃よく見かける2メートルぐらいのガラパゴスザメ(と思われる)が数匹のカンパチと共に出現した。以前何度か脅していたのでサメはこちらの姿を見つけると深場へと去っていったが、そう思ったのも束の間、今度は食べきりサイズの小さなカンパチを突いて血抜きをしていると、突然、海底から口を開けた捕食態勢のサメが体をくねらせて、すごい勢いでこちらに突進してきた。

「ゲ。何でヤバい」

血で赤く濁った水のせいでサメの姿が見えなくなってしまい焦るが、銛が刺さったカンパチを手に持ったまま、反射的に思いっきりフィンを蹴り込んでサメを押し退けると、諦めて逃げ帰ってくれた。普段ではあり得ないほど大量にバラまかれた血の匂いに、サメも我を忘れて興奮してしまったのだろう。

サメにも性格があって、コイツは臆病なタイプだなと勝手に判断したのがまずかった。いつもの勝手知ったる海で、少し慢心していたなと反省する。

昨年末に取材していたメキシコのミチョアカン州で、地元民が自警団を組織してメキシコ最大の麻薬カルテルと戦っている街が攻撃された。メキシコ国内でさえ攻撃のニュースはほとんど報道されず、爆発物に仕込まれた毒物で数人の死傷者が出たこと以外の詳しい状況はわからなかった。それでも、パトロールの同行取材時に僕もよく乗っていたSUVの防弾窓が大口径の狙撃銃により大きくひび割れていた写真だけは確認できた。

10年前、弟をカルテルに殺されたことがきっかけとなって自警団のリーダーになったテト(53)に、いつまでこの活動をするのかと尋ねた。しばらく間を置いてから「多分、自分が殺されるまで続くんだろうな」と諦念したようにこちらをじっと見て答えた彼の寂寞した姿を思い出す。

一方で、メキシコ取材を再びはじめてから10年近く経ち、「あーまたかー」と、何も変わらない繰り返しの現実に無感情になってしまった自分にも気づく。無意識裡に自分も暴力と死が当たり前の日常となったメキシコ人と同じ感情になってしまったのかもしれない。あるいは自分の年齢も50歳近くになり、死に対して親和性が強くなったゆえもあるのだと思う。

「暗殺をされかけた神父とハリケーン」(本誌vol・72)に登場した神父の取材で一緒だったヘスース(24)が先日、仲間の記者たちと暗殺事件を取材中に何者かに銃撃された。襲撃された記者は4人で2人が重症。もう一人の知り合いの記者は顎を撃ち抜かれ、ヘスースは銃弾が胸に残ったままだが致命傷にはならず、幸いにも2人とも一命を取り留めたという。

結婚して2人の小さな子供がいるヘスースは「家族を養うため、夜は高級ストリップクラブでDJをしている。記者の仕事は好きだからできれば続けていきたい。2年前に自分の兄も何者かに暗殺された。取材で暗殺現場に行くと、暗殺された兄のことを思い出して眠れなくなる」と話をしたばかりだった。

「へスースは再び現場に戻って仕事を続けることができるのだろうか」

僕自身も00年のパレスチナ撮影で、イスラエル軍に左目を撃たれたのが彼と全く同じ年齢だったこともあり、当時の自分と今の彼の状況をどうしても重ね合わせて考えてしまう。

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自警団のリーダーのテト(右)は「常に自分たちの存在を誇示しておかないと、カルテルはすぐに街に入り込んできてしまう」と話す。

亀山 亮

かめやまりょう◎1976年生まれ。パレスチナの写真で2003年さがみはら写真新人賞、コニカフォトプレミオ特別賞。著書に『Palestine : Intifada』『Re :WAR』『Documentary写真』『アフリカ 忘れ去られた戦争』『山熊田 YAMAKUMATA』『戦争・記憶』などがある。13年『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞を受賞。