【Vol.35】野生美食倶楽部 ー近所の自然には未知なる旨さが潜んでいるー

Vol38 Ditoku 01

金がなくても食える究極の食材とは?
至高の野生肉探求

文/服部文祥 写真/編集部

スカベンジャーかヴィーガンか

完全菜食主義者(ヴィーガン)は、肉が嫌いなわけではない。彼らが嫌悪拒否するのは、情動を持つとも思われる動物が、虐待的な扱いを受けることである。肉や乳製品を商品として流通させているかぎり、そこには何らかの虐待が介入してしまう。経済活動は効率(金儲け)が第一の目的で、動物の福祉は二の次三の次だからである。

動物の虐待を失くすには、肉や乳製品にまつわる経済活動を停止するしかない。そのために個人にできることは、と考えてヴィーガンは、食べない、買わない、そして買ってほしくないと訴えることにしたのだ。

自分の食べる肉を自然界から自分で調達しようとする獲物系アウトドア派とヴィーガンは、具現化される行為が正反対でも、肉と命に関して意識的であろうとする部分に関しては一致している。

食べるなら自分で奪え、嫌なら食べるな、というわけだ。

仮に動物の福祉が完全に実行され、家畜たちが幸福のまま納得して食肉になっていくような畜産屠殺環境があったとしよう。そのときヴィーガンは食肉をするのだろうか。また、最近現実味を帯びてきた培養肉が流通したらヴィーガンは食べるのか。

前者に関しては否定する。仮に動物の福祉がまっとうされた肉があったとしてそれは非常に高価になる→一部の裕福層しか食べられない→中流階級以下が肉に対して憧れを持つ→肉に需要が生まれ安い被残虐肉が市場に出回る、ためである。そしてそもそも、幸福のまま食肉になることを家畜が望むほどの、完全な畜産は現実的ではない。

培養肉に関する見解は聞いたことがない。ロードキルは? 外来種駆除個体は? という突っ込みを続けることは可能である。野菜や穀物も多くの害虫を駆除した先に収穫がある。完全無農薬であろうと、農業従事者が手で虫を潰している。

都市に暮らすわれわれは現在、食べ物の命に誠実でなくても生きていける。もし、誠実であろうとするなら、命のやりとりに積極参加するか、やりとりそのものを拒否するかしかない。

積極参加のほうが筋がとおっていると私は考える。そしてその方法は身近にも溢れている。ロードキル個体を無駄にしないというものそのひとつだ。

だが、なにに対して「無駄」なのか、は答えがない。そもそも命に対して誠実であろうと意識しているのも、一部のアウトドア獲物師とヴィーガンくらいである。今この時も都市文明人と家畜以外の生き物たちは、命のやりとりの中で、生態系を形作る一要素として存在したり他の生き物の餌食になったりを繰り返している。彼らは誠実なわけではなく、誠実にならざるを得ないだけだ。もしくはそのあり方を、私が誠実と感じるだけである。

それでもやはり、野生動物は私にとって美しい。屍肉を漁るスカベンジャーであっても、その美しさはかわらない。彼らのように腐肉を食べる能力はないが、すくなくとも礫死体を漁ることに戸惑いたくない。

至高の野生肉 その1
ヌートリア 学名/MYOCASTOR COYPUS

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轢かれて凍らされてここに来ました

南アメリカを原産とする大型のネズミ。戦時中は毛皮、戦後は食肉目的で飼育されていたものが逸出・放逐され、国内に定着した。現在では日本以外のアジア、北アメリカ、アフリカ、ヨーロッパなど、ほぼ世界中に帰化している。河岸に巣穴を掘ったり、浮巣を作ったりして暮らす。水生植物を中心に、貝、魚類も食べる。水辺周辺の農作物を食べるので有害駆除の対象となっている。

 

zzsulc/Shutterstock.com

野生動物はかくして食肉に変わる
ヌートリアの解体

このロードキルヌートリアは発見後、すぐに大きな冷凍庫で冷凍保存された。外傷、鮮度、解体方法、個体のバイオデータなど、多くの未知部分が残る手探りの解体調理になった。

ロードキル個体の外観

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ロードキル個体を食用とする場合、まずその外傷を観察したい。血抜きができているか、消化器官の内容物が肉を汚していないか、モモ、背ロースなどの重要食肉部位が可食状態にあるか。本個体は冷凍されていたため判定がなかなか難しかった。

解体過程

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01_解凍がなかなか進まないため、流水解凍した。毛皮周辺が解けたところで、剥いて見る、やや繊細な毛皮とみた。

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02_解凍が進み、皮剝にかかる。背中から内臓にかけて車に踏まれていることが次第に明らかになった。

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03_服部解体場のいつもの柿の木に吊るされる栄光に浴したヌートリア。肉の状態は食用的とは言いがたかった。

食肉の基本を再確認

隠しきれない育ちや素性を「毛並み」と日本語で表現する。外見が無情なまでにその内面を表してしまうというのは、狩猟者には自明である。仕留めた獲物が旨いかまずいかは、毛並みを見ただけでおおよそわかる。

さらに解体を進めていけば、情報が増える分、その判断はより正確になっていく。

今回のヌートリアは、見た目や触り心地から、肉そのもののポテンシャルは高いと予想された。だが、内臓を出さずに冷凍されたため、消化器官の臭いが肉そのものに染み込んでいた。

そもそもはスケルトン宮の知り合いである福井県在住の狩猟者がヌートリアのロードキル個体を発見し、骨格標本用に冷凍庫に入れておいてくれたものだった。食用にすることは考慮されていなかったのである。

骨格標本用だったことが災いした形になったが、食肉用の場合は、素早く冷凍ができる場合でも、内臓はできるだけ早く摘出する。最悪でも、胃と腸だけは早めに摘出するという基本を再確認することはできた。

死体を触るという高等判断

動物の死体を路上からつまみ上げ、冷凍庫まで運び、冷凍する。それだけで、そこにはいろいろな判断が存在する。

動物の死体に触れるのは、リスクの高い行為だからである。病気や寄生虫などが理由で死亡した場合、感染する危険があるからだ。近年、鳥の死骸は鳥インフルエンザの可能性があるので安易に触れないように通達が出ている。ペストはもともとネズミの病気だった。

明らかなロードキルであっても、リスクはなくなるわけではない。病気でふらふらしていたから轢かれたという可能性があるためだ。現在、家畜の安全性に関しては、農林水産省が(税金で)管理している。個々が調達する食料に関してはおのおのが、毛並みや肉体、内臓の状況から、自分で判断するしかない。そうした触るか避けるかの判断は本来、生きるためのごく基本的な技術である。

内臓から遠いモモ肉を取り出し、スライスして塩コショウして焼いてみた。素直な脂、オーソドックスな肉味、予想通り素晴らしい素質を感じる。次シーズンはヌートリアの多い中国地方に遠征して、ヌートリアを狩ろうと決めた。

もし、ヌートリアの生息に関して情報があれば(近所にたくさんいますなど)、編集部までお寄せいただきたい。

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モモのサイズから、ブロック分けせず、筋ごと切り取ってスライスした。ハクビシンやテンに比べややボテっとした質感は、食肉向きに思える。

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焼くと香ばしい脂の臭いが立ちのぼり、噛んでみても筋はまったく気にならず、やわらかい。素性を知らなければ、誰もが「純粋にうまい肉」と評価すると思われる。

スケルトン宮が冷凍庫のアナグマを提供

旨いタヌキ汁は じつは「アナグマ」汁らしい

ヨーロッパからアジアの温帯域に生息、日本では本州、四国、九州に分布する。夜行性で昼間は巣穴に潜んでいる。雑食で昆虫や爬虫類、小型の哺乳類、鳥類のほか果物、穀類などなんでも食べる。分布域が広いため絶滅のおそれはないとされているが、日本では生息地の減少などが今後問題になると考えられている。

その肉はクセがなく、旨いと全国的に評価が高い。見た目がタヌキと似ており、一般に「旨いタヌキ汁」はアナグマを食べていると推測されている。なお、タヌキも個体によって味がかなり違い、うまいタヌキもあるようだ。本個体は、冷凍焼けのためか脂臭が鼻についた。

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正直なところ脂がやや鼻に付いた。肉質、筋ともにややかため。ヌートリアと比べることになったためマイナス点が気になったが、アナグマは旨いというのが一般的見解。マイナス面はこの個体の特徴か、単に冷凍焼けしていた可能性もある。