【vol.37】獲物を巡る北海道山行記

サバイバル登山家 服部文祥


1969年生まれ。登山家、作家。2017年は『獲物山』『アーバンサバイバル入門』『息子と狩猟に』と三つの著書を出し、版元に頼まれてツイッターもはじめる。

カメラマン亀田の息子 亀田晴人


小学5年生。カメダ家の長男。勘が鋭く、自己表現能力も高いが、長男ゆえかやや慎重派。毎晩、妙に滑舌のよい寝言を言っていた。

古い轍の片側だけがエゾシカに踏まれている。リードを解かれたナツ(犬)が弾けるようにそこを駆けていく。高曇りで濁った空の下に広がる薄茶色の風景。私には見慣れた初冬の北海道、枯れ葉のにおい。小学生のハルトの感覚器官はそれをどう捉え、処理しているのだろう。本人が望むなら学校なんかいくらでも休めばいい。獲物を狩りながら旅をすること以上に刺激的な学びを私は知らない。

文/服部文祥 写真/亀田正人


 

人の幸福とはなにか

カメラのカメダと車で移動していると「人生とは何か」という話になる。世界観が似ている上に、おそらく答えがないので、暇つぶしにちょうどいいのだ。

猟犬は飼い主の猟師以上にはならない、という言葉がある。場数を踏まなければ犬は成長しない。体験する場の内容が濃ければ濃いほど学びは深い。だが、猟師の限界が、猟犬が体験する限界になる。どんなにすぐれた猟犬でも獲物を見たことがなければ、猟を理解することは難しい。

犬の才能を引き出すには現場の体験がいる。だが体験にはリスクが含まれている。シビアであればあるほどリスクも高い。次の瞬間に自分を損なう可能性もある。

猟犬をフィールドに出すことを動物虐待だという人がいる。薪ストーブの前に寝転んで、毎日ドッグフードを食べて10年生きるのと、次の瞬間には死ぬかもしれないというリスクの中で、獲物を狩りながら生き(場合によっては短命に一生を終え)るのと、いったい犬にとってはどちらが幸せなのだろうか。

どちらも幸せなのかもしれない。犬が幸福度を相対的に判断をしているようには思えない。だがそれでも、才能は発揮される瞬間を絶対的に求めている。猟犬が「俺を猟場に放せ」と興奮しながら吠えるのを見て、私はそう思う。

経験を経なければ、才能は発揮されず、経験にはリスクが含まれ、命を失うかもしれない。

よりよく生きようとして死ぬことになる。それは矛盾である。だが才能の開花は経験とリスクの危ういバランスの中にしかない。死ぬかもしれない。そもそも才能がないということもある。だが才能が発揮された瞬間には、大きな幸福感が待っている。

犬でも、そして人間でも。

だが、現代社会は「安全快適、楽して長生き、不快なことは他人任せ」という態度に価値を置いている。そこには経験もリスクもないので、才能の発露もない。

「長寿こそ幸福」は一つの正解かもしれない。だが、山で死んでいった仲間を嗤われるのは頭に来る。ところが、死者を嗤うのは生存者の特権でもある。だから長生きは「善」なのだ。

結局何が幸せかはわからない。

「来月の北海道にカメちゃんの息子を連れて行くか」と私は言った。10月につづいて二人で行くはずだった北海道の山旅である。

勉強して、資本主義経済機構の中をうまく立ち回り、企業の歯車となってそこそこの給料をもらい、消費社会で快適に暮らす。それは一つの生き方である。だが、そのレースでそこそこ勝ち組になるためには、若いときにセッセとお勉強をしなくてはならない。

勉強を楽しめるならそれでいい。私が子供の頃、もっとも面白かったのは、虫捕り(獲物)、火遊び(焚き火)、秘密基地だった。鉄砲にも憧れた。いまようやくその全部ひっくるめた本物の遊びをしている。

「本人が行きたいならだけどな」

何が幸せかはわからない。子供の頃に、獲物の旅ができたら楽しかったかもしれない、とちょっと思っただけだ。知らないオッサンと一緒に山登りなんかしたいかどうかもわからない。

「ちょっと聞いてみますよ」とカメダは言った。

『長男は行く気満々です』というメールが来たのは、帰ってからすぐのことだった。なんだか自分が肯定されたような気がした。

獲物系の山旅なので 場所は秘密

山行のハイライトとなった1700m峰の登頂から、少し下山し、風のないところで休んだ。獲物系の山旅が楽しめる場所を明かすことは控えたい。写真に漏れている情報からちょっと調べれば見当はつくだろう。

エゾシカ1

107頭目 2017年11月3日 8時頃 M沢上流部右岸 MSS20 射程40メートル

旅行や遠足は、移動さえなければいいのにといつも思っていた。乗り物に弱いわけではないのに、交通機関での移動が嫌いだった。だから、子供や犬を連れて山に遊びにいく時は、いつも移動で疲れないように気を遣う。

LCCと格安レンタカーを乗り継いで、日高山脈へ。初日は欲張らず、登山口にタープを張って過ごす。

入山日と下山日は飛行機にフィックスされるので、天候がいつも心配だ。だが、心配したところで天気がよくなるわけではない。キャリアから解放されたナツが走り回り、近くにいたオス鹿を追いやってしまった。

翌朝、壊れた林道を歩き出して、本格的な登山が始まった。空は高曇り。天気は予報通り下り坂。毎年、秋に入山しているエリアだが、今年は夏の台風でいつもの林道が壊れ、通行止めになっていた。ちょっと遠い別のルートから山越えで入る。

ナツが鹿を追って斜面を駆け上がっていく。我々は峠を目指す。

オス鹿が右の斜面を横切るように上流から下りてきた。撃っても荷物が増えるだけなので見送るつもりだったのだが、40メートルほど奥のササヤブで立ち止まった。

銃を構えるとドットサイトの光点が背中に載っていた。今回はライフルではなく、散弾銃を持ってきた。キタキツネとエゾライチョウも獲物に加えるためである。日本の法律では、ライフルは大型獣しか撃てないことになっている。

引き金を引くと、その場で鹿がしゃがみ込むのが見えた。

よし、と思うと同時に、やっちゃった、とも思う。ただでさえ7日分の食料やら装備やらで重い荷物をさらに重くしてしまった。

胸肉とロースだけをとり、他は下山時に回収することにして、鹿を木にぶら下げておく。

峠の近くで、黒い雲が広がり、雨が降り始めた。私とカメダだけなら、ごりごり進めばいいのだが、今回は犬とハルト(小学5年生)が一緒である。激しく雨に叩かれて、寒さで身動きが取れなくなるのが怖い。

条件が悪いときは小さなミスが大きなめんどうを引き起こす。ライン取りにはいつも以上に気を遣う。自分たちの力で自分たちの命を管理する。そんな野生環境に入り込んだとき独特の露出感があたりを包む。

峠を越え、沢を下り、閉鎖された林道に出て、夕方前、小屋に着くことができた。

すぐに薪ストーブに火を熾し、午前中に獲った鹿の胸肉を煮込む。

日没までに残されたわずかな時間を利用して猟に出た。30分ほど歩くと、斜面を登る2頭の鹿に遭遇した。撃つ態勢が整う前に上の台地に鹿は消えた。そっと台地に回り込むと案の定、2頭の鹿が走り出す。うしろの鹿が立ち止まったので、栂を銃座に引き金を引く。

これでこれから7日間、ストーブの上にはずっと鹿の味噌煮込みが載ることになる。秋の北海道の山旅がはじまったのだ。

ニジマス

周辺でもっとも高い山に登るというのが、我々の旅の目標である。山に登るために山の命をいただく。
空は入山日の悪天をまだ引きずっている。昨日、頭の上を通過した低気圧が東に移動して、西高東低の冬型になっているようだ。登山は明日以降にして、食料を集めにダム湖に向かった。私は毛バリ、ハルトはルアー。私も予備でルアーを持ってきている。10月の北海道の山旅で、釣りに関して新しい体験をしたからだ(『渓流釣り2018』笠倉出版社参照)。

バックウォーターでハルトと一緒に竿を振る。ハルトがニジマスを釣ったのを見て、私はナツと上流へ。

水が冷たく、ナツが流れを渡れない。置いていくとキャンキャンうるさい。抱いて渡って河原にナツを放すと、上流を走り回ってしまう。ナツが走って魚が散るかどうかはよくわからないが……。

寒かったためか、10尾ほどしか釣れず、最大も尺一寸と低調だった。ニジマスの刺身、ナラタケ入りの鹿の味噌煮、タン焼、ウハーの夕食。

野性環境を自分の力で移動するすべてのアウトドアの基本

通常ならもう少し手頃なアクセスがあったのだが、台風により林道が壊れ、別の峠越えで、拠点になる小屋を目指す。沢登りになり、沢登り用のシューズや、基礎体力が必要になった。

キタキツネ

3匹目 2017年11月3日9時頃 K沢中流部 MSS20射程40メートル

山頂アタックのつもりで暗いうちに起きたのだが、風が強く、夜空を黒い雲が流れていく。出発せずに待っていると、雪も降ってきた。大人はごそごそとシュラフに戻る。起きていたハルトが小屋に駆け込んできて、キタキツネがいると言う。

銃を手にとって小屋を出る。キタキツネがニジマスのアラを咥えて、小走りに遠のいていく。そっと移動して構えるとキタキツネが立ち止まって、こっちを見た。引き金が落ち、その瞬間にキタキツネも崩れ落ちた。

古い調査によると、キタキツネの6割の個体がエキノコックスの宿主になっているという。解体はもちろんだが、撃つ時もエキノコックスが棲む腸を破かないように気を遣う。

これまでに私が食べた数少ないキタキツネは妙にうまかった。素直な脂とコクのある肉で、北海道のイノシシといってもいいかもしれない。

食べるというのは究極の融合である。口に入れて胃袋で溶かし腸で吸収して自分のエネルギーや肉体にしてしまう。異物を栄養として吸収したい、でもリスクは受け付けない、なんて、都合のいいことは、少なくとも野性には存在しない。エキノコックスに感染しないよう細心の注意はするが、キタキツネの肉を食べたいなら、覚悟も必要だ。

午後、山小屋の前に大きなオス鹿がやってきた(鹿の肉は充分あるので撃たない)。オス鹿をいち早く見つけたのもハルトだった。スイッチが入ったハルトは、「ケモノを見つけ出させたら、俺の右に出るものはいない」という勢いで、遭遇の瞬間の衝撃をしゃべりまくっている。

最奥のダムにせき止められた湖かつて放されたニジマスが自然繁殖している

本州山岳テンカラ育ちのため、湖に毛バリを振ったり、ルアーを投げたりという、イメージがなかったが、今回は両方の道具で釣りを楽しんでみた。ルアーは子供でも釣りやすい手段である。

アタック

今朝もまた暗いうちに起きた。風が強く、雲が流れていく。天気は今ひとつだが、ずるずるアタックを先延ばしにするのも、山旅心が落ち着かない。思い切って山頂を目指して出発することにした。

天気はすっきりしないままだが、黙々と先を目指した。3時間歩いて最後のコルを越え、ようやく山頂への登りがはじまった。灌木が低くなり、結構な風が吹き付けてくる。犬はトンネルのようなハイマツの登山道に隠れて、それほど寒くなさそうだ。

最後は風によろけながら一歩一歩登った。シュカブラが発達した山頂の看板にタッチ。風が本当に強い。さっさと下山を開始する。4時間半もかけてきて、少々名残り惜しいが、とどまっていても消耗するだけだ。

樹林帯に戻ったところで休憩。ハルトもナツも元気そうだ。

小屋へ帰ったのは13持半(行動7時間半)。9時間が標準なので早いほうだろう。

この旅最大のニジマスをあげたのはハルト

最大のニジマスを釣り上げ、正当なはしゃぐ権利を得たハルトはその権利を行使した。40センチを超えていると目算されたが、計って見ると38センチ弱。今回はサイズに関しては渋かった。