四つ足の解体から魚類の刺身、木工までをこなす最強の包丁を提案
新鮮な野生肉を生で喰らい、現地の木枝で寝床を作る野生派アウトドアマンにとって、四つ足の解体から魚類の刺身、挙げ句の果てにはブッシュクラフトさえ一本でこなしてしまう日本人が持ち慣れた包丁型刃物「アウトドアペティ(※)」の実現は悲願である。というわけで、まるで零戦の発注書の如きこの無理難題をJKGに持ち込み、実力派ナイフメーカーたちに新たな可能性を秘めた1本を提案してもらった。
※ペティナイフとはまな板を使わずに野菜の皮むきや面取りを行う西洋包丁を指すが、ここでは使い方を限定せず、そのサイズ感をもってアウトドアペティと名付けている。また、あくまでペティナイフの体をとることで、包丁という刃物にだけは警戒心の薄い日本人(主に配偶者)の懐を緩める狙いがある。例「一生モノの良い包丁を買おうと思ってるんだけど。お前も使っていいからさ」
文/小堀ダイスケ(物) 写真/速見ケン(扉&テスト写真)、降旗俊明(物写真)、亀田正人(狩猟写真) 取材協力/JAPAN KNIFE GUILD
※商品情報は本誌発売当時(2018年6月)のものです
インプレッションの前に
服部文祥
前回同様21世紀の日本で造られるカスタムメイドナイフは、刃物の歴史を俯瞰すれば、どれも特級の鋼材で造られた特上の切れ味を持つ最上級品である。インプレッションは私の好みであり、「敢えて言えば」だと理解いただきたい。切れ味は大前提。その上で獲物系の長旅に携行するという設定で、軽くて、包丁として使いやすく、丈夫で気負わずに使えるというあたりを大きなコンセプトとしてナイフビルダーに提示している。
Custom Knife Maker
相田義人
言わずと知れたカスタムナイフの巨匠。ストック&リムーバル法で近代ナイフの基礎を築いた故R.W.ラブレスに師事し、現在に至るまでフルタイムのナイフメーカーとして第一線で活躍する。ラブレスの思想を真に踏襲した相田氏のナイフは、フィールドでの実践に根ざした揺るぎない機能美を備えている。ラブレスナイフ・真の後継者と言われる。
[サイドキック]
SIDE KICK
ブレードとタング部が一体で後方へ行くほど薄くなる、フルテーパードタング工法で作られたペティナイフ。ラブレススタイルと包丁がバランスよく融合したデザインは万能性が極めて高い。鋼材はATS-34、ハンドルは水に強いリネンマイカルタ。参考作品
Custom Knife Maker
内田 啓.
金属、木材、石材などを加工するオブジェ制作会社に勤めたのち、米国へ遊学。各地のナイフショーやメーカーを訪ね、帰国後に狩猟ライセンス取得、相田義人氏主催のナイフメイキング講座に参加。近年よりプロナイフメーカーとして、相田義人、ラブレスが手がけた実践的ナイフを制作している。
[フォレスト&ストリーム ペティナイフ]
FOREST & STREAM PETIT KNIFE
ナイフの水平及び垂直方向にテーパーをかけた、三角錐=SIMPLEX構造を採用。剛性と軽量化が高い次元で両立され、繊細な刃使いから激しい作業までを楽にこなせる1本。ATS-34のブレードとパロサントウッドハンドルが美しい。4万円(税抜)
Custom Knife Maker
高本龍雄
「PARKSIDE」の屋号でカスタムナイフ制作歴20年を誇る実力派。実践的に使えるラブレスタイプを基本としているが、使用現場で感じた発想をそのままナイフで表現することを信条としている。2001年、JKGナイフコンテスト奨励賞、2002年ベストシースナイフ賞を受賞。
[シュマリ]
SHUMARI
シュマリとはアイヌ語で狐の意。女性にも使いやすいようハンドルは薄く削り込まれているが、ATS-34のブレードは堂々の4mm厚を誇る。ハマグリ形状のコンベックスグライドにより、鋭い切れ味と刃持ちの良さを兼ね備えている。3万8000円(税抜)
Custom Knife Maker
武市広樹
元IBA(国際ボディガード協会)のエージェント、ハンターとしての経験を活かし、現場で使えるハンティング及びタクティカルナイフを制作するナイフメーカー。常日頃、現役自衛官やハンターの意見を収集し、実用性、バランス、タフさに優れたナイフを提案している。
[試作型ハンターズ・ペティ]
HUNTERS PETIT PROTOTYPE
ATS-34の3.5mm厚ブレードは、獲物の解体でも脂がつきにくいミラーフィニッシュ。キリナイトのハンドルと相まって汚れを洗い流しやすい。まな板上での使用も考慮し、上を向いたハンドルエンドのデザインが特徴。3万2000円(税抜)
Custom Knife Maker
中根祥文
獲物系全般の物好きが高じて、自らナイフを作りはじめた中根氏のコンセプトは「自分で使う」。現場で閃いた実用的アイデアは、正統なフィールドナイフスタイルの中にもトリッキーな造形をもって具現化され、独特の雰囲気を醸し出すラインナップが魅力だ。
[フィールドペティ]
FIELD PETIT
全長195mm、刃長90mmというサイズが手におさまりの良いペティナイフ。野菜の皮をむくなど細かい作業がやりやすい。ブレード背面のグルービングに指をかけた際、自然な位置に刃先が向くようデザインされている。3万2000円(税抜)
Custom Knife Maker
奈良定 守
キャンプナイフ、フィッシングナイフ、ハンティングナイフなど、フィールドを想定したシースナイフに定評がある奈良定氏。自らも川釣りを楽しみ、旬のものを食べることが好きな獲物系の趣味を持つ。当然そこで得た経験はナイフにも存分に活かされている。
[リバーエッジ]
RIVEREDGE
ATS-34ブレードとマイカルタハンドルという、カスタムナイフのスタイルを踏襲しながらも、小出刃包丁のような和テイストを取り入れたペティナイフ。革シース内のカイデックスインナーは取り外して洗えるので衛生的。3万円(税抜)
Custom Knife Maker
成恒正人
3インチ〜5インチの扱いやすいフィールドナイフ作りに定評のある成恒氏は、「BEAR VALLEY」名義でナイフ制作歴30年を誇るベテランメーカー。時に意匠を凝らしたファイティングナイフも楽しみながら作るらしく、その技巧は国内有数と言えるだろう。
[ピターガン]
PETERGUN
頑丈さを担保しつつも軽快な使い心地を約束する1.5mm厚のブレードと、人差し指がおさまるチョイルのおかげでフィールドでの困難な作業も安心して行える。ハンドルには加工の難しい黒檀材を贅沢に使用。3万円(税抜)
Custom Knife Maker
林田英樹
ラブレスタイプを中心に、実用的なモデルから芸術的なアートナイフまで幅広く手がけるナイフメーカー。繊細さと実用性を兼ね備えたアートナイフは、制作から彫刻、装飾まで自身一人で行っている。ナイフ制作歴は30年。2016年JKGナイフショーにて「BEST IN SHOW」を受賞。
[フィールドペティナイフ]
FIELD PETTY KNIFE
ブレードはATS-34のヘアライン仕上げ、ハンドルには独特の美しさを醸し出すカーボンファイバーを使用。細身で軽快なデザインだが、アウトドアペティナイフとしてハードな使用を想定して製作されている。4万円(税抜)
Custom Knife Maker
堀 英也
相田義人氏を師と仰ぎ、2014年から本格的にナイフ制作を開始した堀氏。ラブレスモデルを制作するほか、サバイバル状況を想定した“生きるためのナイフ”を考案している。最小限の装備でのサバイバルを自ら実践しており、その経験や知識が随所に反映されているのも見所だ。
[サバイバルペティ]
SURVIVAL PETTY
サバイバルナイフとしての使用も可能な全長245mmの大型ペティナイフ。強靭で刃持ちの良いELMAX鋼材をブレードに使用し、贅肉を削り落としたグラインドにより軽快さと鋭い切れ味を実現。4万円(税抜)※ポーチ、G-CODE別売り
Custom Knife Maker
安永朋弘
自らアウトドアフィールドを歩き、現場でテストを重ねて作られる実用的なシースナイフに定評があるナイフメーカー。握りやすさと切れ味を追求したオリジナルモデルを数多く制作している。フォールディングナイフも得意とし、その制作技術の高さも折り紙つきだ。
[アウトドアペティ]
OUTDOOR PETTY
一般的な包丁に比べてブレードとハンドルが厚く、スキナーのように刃先が若干上を向いているため、獲物の解体にも使用が可能。キャンプなどではシースのDリングにヒモを通してブラ下げられる。2万8000円(税抜)
Custom Knife Maker
渡邉隆之
1986年よりカスタムナイフの制作販売を続ける熟練のナイフメーカー・渡辺氏。ラブレスを頂点とするフィールドモデルに熟達していて、実用性に長けた美しいナイフを生み出す。ブランドマークは20年前にラブレス氏を訪問した際、直接描いてもらったもの。
[ペティ アウトドア仕様]
PETTY OUTDOOR VER.
上方にややカーブしたデザインのブレードと落ち着いた色味のマイカルタハンドルに、真鍮のボルスターがアクセントになっている上品なアウトドアペティナイフ。フィールド料理に使うには最高の1本。3万円(税抜)
Hattori’s Comment
小包丁というよりはオーソドックスなカスタムナイフと見た。切る対象を選ばす、どのような作業もできて、しかも荒野の旅に長期間携行するとなるとクラシックなフォルムに戻るということか。すべての作業で平均点以上の仕事をするノーマルなナイフ。万能であることが特徴ともいえる長旅に適した相棒。
刃の幅がやや厚めになっているため、安定感はいいが、包丁とはやや食い込み方が違う。野菜をスライスする時は少し逃げる感じがあるのは否めない。
解体から精肉までごく普通に滞りなくおこない、使いにくさはまったく感じない。刃先にもうすこしカーブがあってもいいか?
どちらかというと細かい作業よりこの手の力技の方が向いているのかもしれない。とにかく凡庸だが万能という野生環境に持って行く一本としては完成度が高い。
魚相手にもオーソドックスな切れ味を披露した。やや長過ぎるかなという刃長がここでは活かされている。