【vol.72】暗殺をされかけた神父とハリケーン

脅威の円安と航空券の高騰でメキシコ行きを延ばしていたが、これ以上待っても仕方がないのでメキシコへ出発することにした。今はメキシコ、ミチョアカン州のカルテル支配地域に住む家族の家に居候させてもらい、この原稿を書いている。この家族の18歳の息子は、2年前に人間の盾としてカルテルに戦闘地域へ送り込まれ行方不明になったままだ。

前号の記事(Vol.71マリオの死)にも書いたが、今年の5月に事故で亡くなったマリオの家族を訪ねた。彼の妹のマイラはいまだに事故のことを思い出して「夜はよく眠れない」と言う。

「事故が起きる直前まで休憩時間に一緒に笑いながら話をしていたのに、突然トラックの積み荷がいっせいに崩れて、マリオともう一人の従業員は押しつぶされてしまった。彼らを助け出すまで、とてもとても長い時間がかかってしまった」

感情が込み上げ、嗚咽をあげて泣く彼女の姿にこちらもやりきれない気持ちになる。別れ際、“Buscando Tomy(トミー(兄)を探しています)”と大きく刺繍されたマリオが普段使っていた肩掛け鞄を、固辞する僕に「私たち家族はあなたに持っていてほしい」と手渡してくれた。

ゲレロ州では長年ケシ栽培が行われていたが、アメリカで痛み止めとして処方されていたフェンタルという薬の依存性がとても高く、常用していた患者の多くが常習者になって大きな社会問題となった。結果、効き目が強く安いドラッグが市中に出回ることとなってメキシコのヘロイン価格が暴落。採算が取れなくなったケシ農家は栽培を辞めてしまった。彼らの多くは不法移民としてアメリカへ仕事を求め、国から去っていった。メキシコ政府の肝いりで代替作物を耕作するプログラムがはじまった地域もあるが、まだ少数の地域でしか行われていない。

今回ゲレロ州に戻ると、以前撮影したカルテルが敵対カルテルに追い出された支配地域を奪還しに戻ってきていた。当然、元々彼らが住んでいた町は2つのグループが入り乱れ、暗殺事件が再び横行するようになっていた。以前の戦闘で多くの犠牲者を出したものの、十分な金があり、自分たちの家族も何とか生き残ることができたのに、なぜ彼らは再び戻ってきたのか? カルテルのボスに直接話を聞きたいが、敵対組織からの攻撃を恐れて息を潜めている彼を探しだすのは至難を極めた。

そんな中、カメラマン仲間のホセと2人でバナナの葉で蒸し焼きにした豚肉サンドイッチが人気の屋台にいると、笑みを浮かべて1人の中年男がコーラを奢ってくれた。聞くと彼は教会の牧師で、「メキシコで多くの記者たちが殺されている中であなたたちの仕事はとても重要だ。ぜひ祈らせてくれないか」と話しかけてきた。少し変な感じがしたのでホセとは互いに顔を見合わせたが、神父の気持ちを断るのも悪い気がして2人で首を垂れ、お祈りをしてもらった。

戦闘から逃れた国内避難民を支援しているフィルベルト神父(39)と会う約束をしていた当日、「昨夜、車を運転中に何者かに銃撃された。今、検察にいる。申し訳ないが次の機会にしてくれ」と連絡が来た。翌日フィルベルトに会いに行くと、教会の周りには大型のバンが2台と4人の武装した私服警官が警備していた。ホセはそれを見て「暗殺未遂事件があったから、彼にも警備がついてよかったよ」と言った。

しばらくして教会からフィルベルトと男が出てきた。すると周りにいた私服警官は一斉に男と共にバンに乗り込み去っていった。聞けば男は州政府の役人で、フィルベルトと会合にやってきただけだった。州知事の父親で州選出の議員に警備の要請をすると「それはできない。唯一の武装の方法はあなた自身の気持ちを強く持ち続けることだけだ」と言い放ったという。穏やかに喋るフィルベルトはもうなるようにしかならないと諦念し、途方に暮れていた。

メキシコでは生と死が同一線状にあって、誕生日には親族が集まり盛大に祝い、死者の日には盛大に花を飾り死者と対話する。先日、暗殺された男の子の家族が彼の誕生日を祝いに暗殺現場で音楽を爆音で流して踊っている様子を見て、しみじみメキシコ独特の死生観だなと思った。

山間部の取材を終えてヒッチハイクとバスを乗り継ぎ、夜になってようやくアカプルコに着くと大雨が降っていた。ハリケーンが近づいてきたために取材予定だった行方不明者の捜索活動が中止となり“どうしようか”と悩んでいると、バスのチケット売り場のおねえさんに「今夜のメキシコシティ行きバスはもう残り席が少ないから、もし行くのなら早く買ったほうがいい」と真顔で言われ、その夜の最終バスでアカプルコを去ることにした。

翌日、メキシコシティに戻ってニュースを見ると、僕がいたバスターミナルは跡形もなく吹き飛んでいた。当初の予想よりも海水温が上昇していたため、ハリケーンが急激に巨大化して観光地だったアカプルコは爆弾が落ちたような惨状となってしまった。インフラがすべて破壊され、政府の支援が遅れる中、被災した人々が食料を求めてスーパーマーケットの品を略奪していく傍ら、自動小銃を持った警察官たちが傍観しているだけの様子がテレビに映った。これもまたメキシコらしい風景だなと思った。

激しい戦闘が続いた地域で伝統的な宗教儀式をする村人。

亀山 亮

かめやまりょう◎1976年生まれ。パレスチナの写真で2003年さがみはら写真新人賞、コニカフォトプレミオ特別賞。著書に『Palestine : Intifada』『Re : WAR』『Documen tary写真』『アフリカ 忘れ去られた戦争』『山熊田 YAMAKUMATA』『戦争・記憶』などがある。13年『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞を受賞。