【Vol.71】最もシンプルにして奥深い野遊びを極める ー野泊ことはじめー

自ら安息の場を築く誰もに開かれた脱・しがらみの第一歩

ただ外で寝るだけで楽しいのは、お金で手にいれた安全快適な現代住居から飛び出し、自分だけの力で寝床を作るという冒険要素が大きい。だから多少いびつで居心地が悪くても、それすら日常では感じられない刺激となって、結果かつてホモ・サピエンスが得ていたであろう生きる充足感につながるのだ。道具にこだわらなければならない、それなりの料理を作らなければならない、誰かをもてなさなければならない大人なキャンプは一旦隅に置いといて、いま一度”ただ外で寝る“楽しさに着目したい。少年時代に憧れた(あるいは試みて親に怒られた)単独野泊ミッションも、今なら堂々と実行できる。

動物として環境と一体になる野遊びの真髄
ブッシュクラフト野営術

もし異世界転生したら、こんな寝床に泊まりたい。手の込んだブッシュクラフトシェルターには、そんな童心を刺激する魅力がある。でも、異世界をはじめ、北欧や北米に見る本格的なブッシュクラフトはさすがに無理……なんて思っているなら思い直してほしい。ここ日本にも極上の野泊を楽しむブッシュクラフターがいて、それが手の届かないものではないことを証明している。

ブッシュクラフター かせまる

北欧〜北米に見る本格ブッシュクラフトシェルターを、信州・長野の地にそのまま再現してみせるブッシュクラフター・かせまる氏。寝床作りは「小学校からの帰り道に寝る場所を作るためにはじめた」という。

かせまる氏のインスタグラムで一際の存在感を放つ地下型ホビットハウス。使わなくなった穴窯を改装し、様々な飾りをあしらってファンタジーな佇まいを演出した。いかに楽しく過ごせるかも氏の寝床作りのポイントだ。

自然界で寝るための野営道具は最小限

かせまる氏の寝床作りに欠かせない道具はカスタムナイフ(ロシア製)、ノコギリ(シルキー・ポケットボーイ)、麻紐(ホームセンターで調達)の3点のみ。そのほかの素材は自然から調達して、思い通りのシェルターを構築している。

本能に訴えかける究極の野遊びに興じる

多くの少年が試みる秘密基地作り。その原動力は自分の居場所を自分の思い通りに作りたいという願望だが、その衝動は幼鳥が何を言われずとも高台から羽を広げて飛び降りるがごとく、本能的なものなのではないだろうか。社会性に乏しく、より動物的と言える子供は、ホモ・サピエンスの生態である寝床作りを野遊びとして楽しんでいるのだ。
 一方、そんな少年時代を過ごしつつも「寝床も食料もお金で手にいれるもの」という現代人の生態が板についた大人は、すっかり秘密基地作りの魅力を忘れてしまっている。「寝床を作る」という本能は現代のルールに則って「お金を稼ぐ」に擬態し、興味の矛先もその周辺の話だ。せっかくそれなりの知恵と体力、行動の自由が手に入ったのに、大人はもう秘密基地作りを楽しめないのか?
 回答はこの写真を見てもらえればわかる。大人になった今でもワクワクするはずだ。当たり前の話だが、直接手を動かすか、お金を経由するかを問わず、ホモ・サピエンスの生態は未だ「寝床作り」。野遊びとして自分の居場所を自分の思い通りに作る秘密基地作りは、今なお我々の本能に訴えかける遊びと言えるのである。

森に馴染む憧れのブッシュクラフトワーク
長期野営もできる差し掛け小屋の作り方

アウトドアマンなら一度は挑戦してみたいのが、長期野営もこなせるログ(丸太)を用いたシェルターだ。それなりの時間と材料(倒木)が必要になるため設営場所に留意しなければならないが、構造的には難しいものではないので“誰でも構築できる”と言ってもいいだろう。ここで取り上げるのは、最もシンプルな差し掛け型。

<BUSHCRAFT WORK>HOBBIT SHELTER

長い年月を経てきたホビットの棲家をイメージした、その名も「ホビットシェルター」。一見複雑に見えるが、基本構造は2本のY字丸太を∧状に合わせ、交わった頂点のV字部分に梁となる丸太をかけたデブリハットと同様のフレームを用いている。梁となる丸太に左右から丸太(針葉樹)を隙間なく差し掛ければ、とりあえずシェルターとしての機能は果たしてくれるだろう。かせまる氏はここからさらに丸太で入口を作り、苔を乗せて雰囲気を作り上げている。

シェルターの入り口は左右を丸太で塞いだ後、樹皮を用いて円形とし、ホビットの棲家感を演出している。入口上部には丸太を差し込んで、ひさしとランタンフックも設けられている。

居住エリアは大人1人がぴったり横になれるサイズ感。太い枕木に丸太を渡し、その上に細い丸太を敷き詰めたログベッドも完備。丁寧に作り込むことで凸凹のない快適な寝心地を提供してくれる。

隙間なく並べられた丸太の上に周囲の苔を移植し、ルーフ部に吸水性を与えることで結果的に防水性を強化している。見た目と機能を兼ねた仕様だ。

POINT

一目見てファンタジーな世界観を感じるのは、自然に苔むしたようなエイジングのおかげ。ルーフだけでなく正面入口のウォール部にもしっかり苔が移植されているため、全体が自然と一体になっている印象を与えている。