【vol.64】メキシコ再び

島でメキシコ行きの準備をしていると、連れ合いから八幡暁さんを近くの商店で発見したとの連絡があった。

「おーなんという偶然」

地元の南海タイムス(現在は残念なことに休刊となってしまった)で八丈島から本土までカヤック1艇で黒潮が流れる海を漕ぎ切ったという記事を読んでから、ずっと彼に会って話したかったのだ。半ば強引に我が家で飯を食べる約束を取り付けた。八幡さんとは普段はできない海の話ができて、撮影準備でギスギスしていた気分も晴れて幸せな時間だった。

久しぶりのメキシコはコロナ関連の規制もなく、あっけないほど簡単に、すんなりと入国できた。地方に行くとコロナの影響はなく、逆に都市部ではほとんどの人が1回ないし2回はコロナに罹っているゆえ、コロナはもはやデフレ状態になっていた。

前回撮影していた地域にいた人々はどうなったのか確認していくと、戦闘で何人かの知り合いは死んでいた。生き残った人たちは村を捨てて敵対組織の暗殺を恐れ、新しい地で息を潜めて生活をはじめていた。ある者は家族を置いて単身、仕事があるアメリカへ密入国した。ヘロインで大金を稼いでいた彼らの妻や子供たちは、常に危険と隣り合わせだった生活から離れ、どこかホッとしている様子だった。

今、ゲレロ州の先住民の村で原稿を書いている。山に囲まれ、急峻な斜面には一面に彼らの主食であるトウモロコシ畑が拡がっている。一見どこにでもあるメキシコの田舎だが、彼らはナワという言語を話す先住民でカルテル組織から村を守るために2017年から自警団を組織している。

彼らが持っている武器はうさぎなどの小動物を狩るための、大豆の粒ほどの大きさの弾を使う年季の入った22口径ライフルがほとんど。しかし、2019年にカラシニコフなどで武装した200人余りのカルテルが村を襲いに来た時も、村人たちは谷に囲まれた地形を利用してカルテルのリーダーを狙撃。数時間の長い銃撃戦の後、街からきたカルテルたちは山での戦い方がわからずに車を乗り捨てて山中へ逃げていったという。

村の自警団の創設者ベルナルディンは「彼らが狂ったように銃撃してきたが岩陰に伏せて何とかやり過ごした。あまりにも銃撃音がすごくてしばらくは耳が聞こえなかった。ずっと地面に伏せていたので体が強張って、足が動かなくなった」

「カルテルのリーダーは右目を撃ち抜かれ、足と腹部も散弾銃で撃たれた。生きているか死んでいるか今もわからないけれど、あれだけ大勢で来ても勝てなかったのだから、もうこの村には来ないのではないかと思う」

「今一番恐れているのは軍隊並みの装備を持った、急速に力をつけてきている新興勢力のカルテルが今我々と敵対しているカルテルを追いやって、村へ再び攻めてくるのではないかということだ」

敵対するカルテルは近隣の村々を取り囲むように支配し、地元警察と一体となって住民から徴税している。3年前からは支配地域の外にある病院や学校さえも行くことができなくなってしまった。分断された村々には恋人や妻、家族が住んでいるため、「家族同士の行き来ぐらいは今まで通り大丈夫だろう」とカルテルが支配する村に行ったまま行方不明になった村人も多い。今年はすでに2人が殺され、1人が行方不明になった。

以前栽培していたケシも外部からの問題を呼び起こす原因になるからと禁止している。また酒も問題の原因になるからとこの村では販売されていない。村での生活は畑を耕し、牛や山羊を放牧する自給自足的な生活だ。移動手段は徒歩で車を持っている人はほとんどいない。

薪で焼かれた彼らの主食であるトルティージャ(とうもろこしでできたクレープ状のもの)は街で売られているものとは違い、もちもちとして香ばしい。軽い病気は基本的に山で取れた野草で直し、キノコや野菜、豆が中心で肉類はあまり食べない。「ここは町と違い、金がなくても飢えることは決してない」と村人は話す。

村を去る日、「元気でまた会おう」とこの数か月、心労で体の調子が悪いというベルナルディンに言うと彼は冗談めかして「バラバラに刻まれてタコスの具にならない限り、また会おう」と笑いながら言った。

「馬鹿なこと言うなよ」とバスに乗り込み、カルテルの支配地域の麓の町まで降りるとすぐにベルナルディンから「ちゃんと無事についたか?」と心配そうに、僕の携帯に連絡があった。
 その後、ゲレロ州中心部の町に戻るとしばらく静穏だったカルテル同士の抗争は再び激化。毎日のように、昼夜を問わず、暗殺事件が起きるようになっていた。

何者かにタクシー運転手の夫が誘拐され政府に解放を訴える妻(メキシコ国内では10万人以上が行方不明になっている)。

亀山 亮

かめやまりょう◎1976年生まれ。パレスチナの写真で2003年さがみはら写真新人賞、コニカフォトプレミオ特別賞。著書に『Palestine : Intifada』『Re : WAR』『Documen tary写真』『アフリカ 忘れ去られた戦争』などがある。13年『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞を受賞。写真集『山熊田 YAMAKUMATA』が2018年2月、『戦争・記憶』(青土社)が2021年8月に刊行された。