【vol.58】利用法いろいろ 自分だけの オアシスを入手せよ!ー山林購入マニュアルー

取材・文・撮影/ミゲル

自分だけのオアシスとして、あるいはキャンプ場経営、林業経営のためなど、山林購入のニーズは昨今、急増している。そこで、山林の入手前、入手後にはどんな知識、ノウハウ、心構えが必要かを仲介業者、入手経験者の話から探っていく。まずは山林売買歴17年を誇る「山林バンク」主宰の辰己昌樹さんに話を聞く。昨今、山林売買のニーズは本当に高まっているのかについて、辰己さんはこう話す。

「近年、ゆるやかに希望者が増えてきていましたが、昨年のコロナ勃発後は急激に問い合わせが増加し、もう対応しきれないほどに。今は少し落ち着きましたが一日数十件の問い合わせがあります。購入目的で圧倒的に多いのはキャンプ場を作ってみたいというもので、そういう方が山林を探してみると思いのほか、安いという感想を持つケースが多いようです」

山林購入といっても、特殊な手続きは必要なし。不動産なので固定資産税はかかるのが通例だが、この出費さえ、評価額の低さから免税となる場合もある。端的に言えば、山林購入後、支払い義務が生じる特殊な税金などもなく、デメリットはあまりないようにも思える。

「もちろん草刈りや小屋の設営など維持、活用にはお金や労力がかかるでしょうが、敷地内のスギやヒノキが育つことでひょっとすると木材がお金を生む場合もある。山林を所有すれば当然、自然への造詣も深まるし、生きる力も身につきます。私にはメリットしか思い浮かばないですけどね」

Navigator

辰己昌樹さん

山林売買に特化したサイト「山林バンク」(https://sanrinbank.jp)代表として、日本国内の魅力的な山林を日々、紹介している。サイト上には随時、物件情報を掲載するほか、現地視察、敷地利用、法律相談などについても丁寧なサポートでユーザーを支える。自身も山林を所有し、キャンプを楽しむ。

山林売買のプロに聞く
購入前後のチェックポイント

CHECK POINT 1

水の供給方法を検討

購入前後に最も大きなポイントとなるのは、との問いに「水源確保」と即答した辰己さん。キャンプ場を作る時などはもちろん、別荘建築、酪農や果樹園造成など、多くの場合に水の確保は問題となる。

「水がひけるか、上下水道はあるかという質問はほとんどの購入希望者から聞かれるものです。でも山の近くに上下水道が通っている物件なんてほとんどないということも、知らない方が多い。住宅街のすぐ近くでない限り、水をひくためにはどうするかを考えなければなりません。そもそも山は高い場所の方が眺望がいいに決まっていて、イコール高度のある場所に水をひくのは難しいということです」

辰己さんによれば、別荘や個人的なキャンプ目的などであれば、雨水利用システムの構築や複数のポリタンクに水を貯めておく方法で対処できるとか。ただし大勢の人が使用するキャンプ場経営などだと水の確保は大問題となる。

「井戸を掘って水が出ればラッキーですよね。大勢の利用にも井戸水なら対応できるはずです。あとは沢が近くにあるかどうか。自分の敷地より上に沢があれば少し距離があってもホースで水を持ってこられるかもしれません。このような場所のために山林用ホースというものが市販されています。田舎ではこうしたホースで水をひくのが当たり前の場所も多いですね」

ステンレス製やゴム製のホース、さらにはホースカバーで強度を増すなど方法は色々。斜面を這わせたり、川底に沈めたり、土中に埋めたりと最適な通し方は自らで考案したい。たとえ敷地の下方に水源があったとしても電動ポンプを使えば水をひくことができる。どうすれば水をひけるかを楽しみながら解決するぐらいの心づもりが必要だと、辰己さんは話す。

「とはいえ、購入前に水源をどうするかは考えておいたほうがいいでしょう。よほど気になるなら、水源を最優先に場所を選ぶのもいいかもしれません」

CHECK POINT 2

電気はどう調達するか?

水源確保の次に問題となるのは電気の確保だ。山林の場合、当然、電柱が近くにないケースは多い。

「所有する土地から1km以内に電柱があれば電力会社が電線をひいてくれるケースは多い。ただし、1km以上になるととんでもない金額を支払わないと電線をひけません。私が仲介した顧客で電柱から1km以上離れた敷地へ電線をひきこんだ方はいません。プロパン、灯油、ガソリン、ソーラーなどによる自家発電を皆さん選びますね」

使用する電気量によっては電柱を追加する必要もあり、場所や電気量によって電柱の太さも変わる。そのほか、支線一式やブレーカーなど、場所によっては10〜100万位の出費が予想される。出費が気になる場合は敷地購入前に電源確保も検討した方が良さそうだ。

CHECK POINT 3

斜面の角度は意外なポイント

「現地視察の際、皆さん驚かれるのは斜面の角度です。山林の斜面は画像で見るのと、実際に見るのとでは大きなギャップがあります。ですから必ず現地では傾斜の具合を確認する必要があるでしょう」

“山”なので斜面は当たり前なのだが、小屋を建てたり、耕作をしたりといった想定なら斜度の確認は必須だ。クレームにはならないまでも、視察を経て、「イメージと違う」というコメントは多くの顧客が口にすると辰己さんは言う。

傾斜地を造成するとなると広さにもよるが、数百万から一千万円を超えるケースだって少なくない。また風致地区(良好な自然景観を形成する区域)に指定されていれば宅地造成や木竹伐採などが規制される(許可次第では可能)ので事前確認が必要だ。

CHECK POINT 4

虫たちとの共存を覚悟する

山林での時間を楽しむには獣や虫たちとの共存は当然のように受け入れる必要がある。購入後、敷地を整備する際にも警戒は必要だ。

「熊や猪も怖いですが、山林で特に警戒すべきはハチです。森林組合の関係者でさえハチに刺されてヘリでの救助が必要になるなど、ハチは侮れません。私も山林で3回ほど刺され、ひどい目にあいました。ハチよけスプレーは用意しておいた方がいいですね」

刺されたらまずはその場から数十メートル離れ、近くにある巣からのハチの波状攻撃を避けること。さらには1時間ほど様子をみて、アナフィラキシー症状の出現有無を確認し、嘔吐や咳、呼吸困難などを確認したら救急車を呼ぶなど、対処法を事前に知っておきたい。

CHECK POINT 5

近隣住民との折り合い

山林の付近に他人の住居がある場合は、樹木の手入れにも注意が必要だ。民法第717条には土地の竹木の植栽に瑕疵があり、他人に損害を与えた場合の賠償責任を規定している。瑕疵とは正しい取り扱いをしないことで不具合を生じること。つまり、所有する山林の樹木を放置して朽ちたり、落雷や地すべりによって倒木するなどで他人の住居へ損害を与えないよう、所有者は注意、整備する必要がある。

「損害を与えていない場合でも、近隣住民から樹木伐採の要望があれば慣例上、応じた方が良いでしょう。所有者には相応の責任がついてまわります。近隣住民との折り合いは山林所有の場合でも意識すべきなのです」

CHECK POINT 6

山林の投資価値

「私の仲介で山林購入をした後、なんらかの理由でその敷地を転売した方は何人かいますが、購入金額より安くで売った方はほとんどおられません。植林された場所であれば樹木が育つことで価値があがるというケースも少なくないんです。投資目的で購入される方は私の仲介ではおよそ10%程度ですが、転売を視野に入れた購入であればスギ、ヒノキなどが植林されているかどうかをポイントにするのもありでしょう」

山林売買への注目が集まる中、売りたい時に売れないというリスクは年々、減少しているとか。とはいえ大自然の一部を購入するには、環境保護の視点が求められる。放置したあげく転売するという行為は自然破壊につながるケースもあると肝に銘じておこう。

CHECK POINT 7

細心の注意で扱うべき「火」

新たに山林所有者となった場合は市町村へ「森林の所有者」として届け出をする必要がある。これは平成24年から施行された改正「森林法」によるものだ。森林法に基づく「林地開発許可制度」では、水源を守ったり、災害を防止したり、環境保全などの観点から、保安林に指定された区域での開発行為を制限している。保安林であれば、樹木の伐採や土石の掘り出し、開墾などが制限されるが知事の許可があればこうした行為を行える場合もある。まずは市町村への届け出と同時に、所有する場所が保安林かどうか、行為は制限されるかを確認すべき。さらに森林法は焼き畑などの火入れにも制限や事前の届け出を義務づけていることに注意。小規模な焚火は火入れには当たらないが、消防法に抵触しないよう、近隣への配慮のためにも付近の消防署か市町村に事前確認しておいたほうがベターだ。