【vol.50】八丈・ヤギと祭り

浜のNおじ(島言葉でおじ=おじさんの愛称)から「Sおじのヤギを潰すから手伝いに来い」と連絡があり、島の外れにある屠畜場に行った。僕が暮らしている集落に住むSおじは、毎年12月のお祭りの時にヤギ肉をお神輿の担ぎ手たちに振る舞う。

鶏などの2つ足は家でも捌けるが、狩猟で捕獲された以外の4つ足動物は屠畜場で解体しないと法律違反になってしまう。狂牛病が発覚してからは検査も厳しくなって、検体サンプルを内地へ送って検査に出し、合格してからでなければ肉も内臓も食べられないという。

だいぶ昔、輸送中のトラックから落ちて怪我をした食べごろサイズの子豚を、仲間と一緒に解体して食べたことがある。道端の側溝にはまって動けなくなった子豚の両手両足をロープで縛って軽トラにのせたにもかかわらず、しばらくすると「ギャーー」とものすごい雄叫びをあげて子豚は身体をくねらせ、結構なスピードで走っている軽トラの荷台のあおりを飛び超えて転げ落ちた。

打ち身だらけでは肉がまずくなってしまうとしっかりロープを縛り直して走り出したが、再び子豚は荷台から落ちた。瀕死の身体になりながらも自分の運命がわかっているかのように、「どうしても逃げたい」と必死な形相の子豚の姿に思わず同情してしまった。

解体場所の川原に集まってきた子供たちが子豚に水を飲ませていると「かわいそうだから殺さないでみんなで飼おう」と言い始めた。大人たちは一同顔を見合わせて「うーん、どうする?」という雰囲気になりかけたが、子豚は足を骨折しているようで長くは持たない様子。「今夜は宴会だ」と食べる気満々の僕たちはその場の空気が変な方向に変わる前にと、すばやく子豚を押さえつけて仲間の一人がずぶりと素早くナイフで心臓を刺して殺した。

周りでその様子をじっと固唾を飲んで見ていた子供たちは、子豚が解体されて肉になった途端に「かわいそう」から「美味しそう」にリアクションがすぐ反転してしまうのが現金で可笑しかった。

数年前に八丈の屠畜場で2歳の牝牛を殺した時は大変だった。

打ち手のおじいさんが、先が尖った大きなハンマーで牝牛の額を打ち付けると、眉間にポッと赤く小さな穴が開いて一瞬牡牛は動きを止めた。しかし打ち手の一撃が上手く入っていないようで、斃れるはずだった牝牛は本能のままに、激烈に体を振り回し吠える。

2発目のハンマー、まだ斃れない。

3発目……、打ち手のおじさんも焦りだした。

「ホームランだぞ。なかなか、斃れないぞ、どうした」

最後は暴れる彼女の足に何とかロープをかけて押し倒し、首にナイフを当てた。ゾッとするほど鮮烈で真っ赤な血が、濡れたコンクリートの床に泡立ちながら拡がっていく。手伝いに来た周りの人たちも一様に黙り込んでしまう。

しかし、最期の断末魔で彼女はまだもだえ苦しんでいた。「目がまだ生きている」、知り合いの牛飼いのTおじが首の切り口に手を差し込み、切り残した動脈を指でちぎると彼女は漸く息絶えた。

解体作業に入る前、屠畜場の横にある慰霊碑に線香をあげると全員に餅が配られた。

生体検査を終えた牝牛のあばら骨を「ポリ」「カリ」「ポリ」「パリ」と我が家に拾われてきた体重40㎏もあるゴールデンレトリバーが夢中になって食べているのを見ながら「いいぞ、いい音だな、残さずしっかり噛めよ」と思う。我が家の犬はいつも魚のアラばかり与えていたせいか興奮して牛の骨を一気に食べ過ぎ、大便の時に「ウオーーン」と悲しげな鳴き声をあげながら踏ん張っている姿には驚いた。

何が出てくるのだろうかと少し心配しながら見ていると、彼女が必死に排出したブツは消化されずに残った真っ白い骨そのものだった。

今回は大きな牛ではなくてヤギなので大丈夫だろうと思っていたが、加えて保健所が新しい屠殺銃を購入していたので苦しむことなく殺せた。沖縄だとヤギと豚は毛を焼いて皮ごと食べるが、八丈では皮を捨ててしまうのが残念だ(角はカツオ漁などに使うルアーの材料として重宝される)。また、屠畜場の使用料と検査代は2千円あまりと破格でも、島内で屠殺するのは年間数頭だけになってしまったという。

年末の祭りの日、Sおじは「あの時のヤギだよ」とヤギ肉をみんなに振る舞ってくれた。この時にしか食べられない大鍋で煮込まれたヤギの骨つき肉をほおばりながら「あー肉って確かに美味いよな。もう今年ももう少しで終わりだな」とひとりごちた。

年に一度の祭り。朝から酒を飲みながら神輿を担いで集落を練り歩く。

亀山 亮

かめやまりょう◎1976年生まれ。パレスチナの写真で2003年さがみはら写真新人賞、コニカフォトプレミオ特別賞。著書に『Palestine:Intifada』『Re:WAR』『Documen tary写真』『アフリカ 忘れ去られた戦争』などがある。13年『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞を受賞。新作写真集『山熊田 YAMAKUMATA』を2018年2月に刊行。