現生人類は旧人にできたことを忘れているか?
化石燃料、もしくは多くがそれに賄われた電力に依存して生きる現生人類。人間を取り囲む様々なものは著しい進化を遂げたが、果たして人間そのものに備わる技術はどのように進化したか。2018年、約5万年前に生きていた旧人ホモ・ネアンデルターレンシスによる、習慣的で意図的な火の生成を示す論文が発表された。2つのフリント石の表面に、複数の削れた跡が残る先史時代の石器が発見されたのだ。果たして今を生きる新人ホモ・サピエンスのうち、何人がこの技術を備えているか。おそらく多くの新人は、ボタンを押すという技術しか備えていないのではないか?火を熾し、育て、実用的に使いこなすという行為は、今も昔も、人間として生きることに直結する技術であることは変わらない。表面的には火打ち石と焚火が、ガス管(あるいは電線)とコンロに変わっただけだ。ただ、自身固有の技術か、人類全体の技術か、再びここに立ち戻ったとき、何が起こっても揺るぎない自信につながるのは前者である。これまで権力と金に振り回されてきた大人こそ、火戯びで自信を取り戻すべきである。
まずは復習しておきたい焚火にまつわるFAQ
まずは、これまで本誌で紹介してきた焚火にまつわる基本事項を、再びここで確認しておきたい。そもそも火とは何か? この現象に必要な要素は? これを知っているだけで、火熾し~焚火の成功率が格段に上がるはずである。
Question.01 『そもそも火って何?』
A.火とは物質の急激な酸化、つまり燃焼に伴って発生する現象だ。薪を燃やす焚火は具体的に、薪に含まれるC(炭素)+空気中のO2(酸素)=CO2(二酸化炭素)という酸化反応が起こっている。火が明るいのはこの急激な化学反応によって生まれたエネルギーが熱や光として放出されるからである。ちなみに炎が揺らめいているのは、反応熱により薪から生じた可燃ガスや不完全燃焼によってできた煤が上昇気流に乗り、空中で燃焼、輻射しているからだ。炭素が主成分となる薪の燃焼は温度が低くオレンジ色の炎を発する。火自体は物質ではない。
Question.02 『燃焼の仕組みは?』
A.火の発生には燃料、酸素、熱の要素が不可欠であり、それぞれが働き合い、連鎖的に化学反応が繰り返されることによって火は維持される。「熱」により「燃料」から可燃性ガスが噴出され、それが急激に「酸素」と結びつき燃焼する。この急激な酸化の際に発生した熱がまた、可燃性ガスを発生させていくのである。なお、乾いた薪なのに火がつかない、焚火の火がすぐに消えてしまうといったトラブルの原因は、多くの場合「熱」が足りていない。火熾し段階で空気を吹きかけない(風で熱が逃げる)、燃焼して痩せてきた薪同士は再度近づける(間隔が開くと熱が逃げる)などの対応が必要だ。
火の発生および維持に必要な要素と関係性を端的に表したのがファイヤートライアングルである。火には燃料、酸素、熱の3要素が不可欠であり、それぞれが働き合い、連鎖的に化学反応が繰り返されることによって維持される。これらがどれか1つでも欠けたら火は現れない、もしくは鎮火する。
Question.03 『薪はどう燃える?』
1.焚き付けや着火剤などの火にさらされた薪は100℃前後で水分を放出。同時に、可燃性のガスを発生し始める。
2.200℃を越えると、セルロースなどの炭素の分解が急速に進み、一酸化炭素、水素、炭化水素といった可燃性ガスを盛んに出す。
3.260℃で可燃性ガスに引火し、薪の燃焼が始まる。300℃になると薪が割れて、可燃性ガスが噴出。薪の中の炭化が進む。
4.熱分解が加速し、600℃以上になると炭化水素などの可燃性ガスが自然着火。この状態でようやく薪自体が炎を上げる。
5.700℃で可燃性ガスの放出が終了し、炎のない赤熱燃焼(熾火)がスタートする。ここまでくると、あまり酸素を必要としない。
6.炭もほぼ燃え尽きて、燃焼が終了する。白い灰は燃えなかった炭素とミネラル。灰の上で再び焚火をすると効率よく着火する。
Question.04 『定番の焚火型ってある?』
A.山や、沢や、猟師たちが挙って愛用し、ブッシュクラフトの教則本などでも定番となっているのがロングファイヤー型であり、本誌でもこれを基本としている。丸太の間に薪が挟み込まれるこの型なら熱が大気に逃げず、薪同士が互いを熱しあって効率よく可燃性ガスを引き出せるほか、丸太が天然のゴトクとなるために焚火調理にも向いている。
丸太の間隔を開けば熱が逃げて火力減、間隔を開いて薪を追加すれば火力増、薪が炭化して小さくなったら間隔を詰め、熱を再び溜め込んで火力安定……など、調理や暖房といった用途ごとに火力を自在に操れるのがロングファイヤー。熾火となったら丸太の間隔を広げて炭をならし、串焼きなどもできる。
当たり前の道具だからこそ定番メソッドを確認したい
メタルマッチ用法再考
野生派アウトドアマンのプライマリー装備だけに、これまで基本的な取り扱い方を紹介することがなかったメタルマッチ。というわけで今回こそ、大人の火戯びに欠かせない火熾しの基本型をおさらいしてみよう。とはいえ、自分のやり方を確立している玄人諸君は、あえて今の手法を変える必要はない。火を熾せればいいのだ。
[Select1]メタルマッチは引いて使う
足の甲(周辺の石、丸太などでも良い)にナイフを固定し、メタルマッチをナイフの背に当てた状態から一気に引き抜く。風で火口が飛んでしまうような状況でなければ、これが最も着火率の高い基本形となる(風がある時の方法は本誌vol.43 で紹介)。この方法の利点は、固定したナイフの真下に火種(火花)が落ちてくれること。つまり火種の行方を予想しやすく、結果的に火口に乗せやすいので着火率が上がるのである。
火種が真下に落ちることで火口への命中率が上がる!
ナイフの背にメタルマッチを下から押し当てて、斜め上方向に引き抜いていく。この方法はメタルマッチに力を込めやすいので、飛び散る火花の量も盛大だ。
[Select2]ストライカーにはナイフが最適
多くのメタルマッチにはストライカーが付属しているが、どれもオマケ程度の小さなもので力が込められない。反面、火熾しのために大きなストライカーを持ち運ぶのも無駄なので、結果的に野営に必ず必要なナイフが最良のストライカーとなる。そもそも火熾しの基本形(上記)はナイフの使用を前提としたものだ。
意外と盲点なのがナイフのブレード形状による火花の起こしやすさ。背の角が最も鋭角になるホローグラインドブレードが一番火花を飛ばしやすい。
ナイフをストライカーとして使うと決まれば、購入時に付いてきたストライカーは邪魔なので外してしまおう。その分、大型のメタルマッチにしても楽に携行できる。
[Select3]火口は小さく、薄く、細かくする
メタルマッチで起こした火花を小さな炎に昇華させるための火口。周囲に落ちている乾いた素材を薄く削いだり、細かく砕いたりして作る手法はもはや説明不要だろう。火花の僅かな熱に反応させる、酸素と触れる表面積を広く取ることを考えて加工すると、そのままでは着火しない素材でも良い火口となる場合があるので試してほしい。
枯葉、松ぼっくり、枝など、乾いているものなら薄く削いだり、細かく砕いたりすることで火花だけでも着火する。素材の中に繊維質を探すと良い。
例えば濡れている枝でも、皮を剥ぎ取ってナイフでそれを削いでいくと中身は乾いている場合がある。乾いた繊維を取り出せればつつがなく着火する。
[Select4]焚き付け時はジッと堪える
初心者が間違いを起こしやすいのが、火口の小さな炎を焚き付け(小枝etc)に移す場面。不用意に息を吹きかけてしまうと、焚き付けの可燃性ガスを引き出すのに必要な熱が逃げてしまい鎮火してしまう。この段階では焚き付けを火種にかぶせて熱を留めることに専念すべき。
火口に小さな炎が生まれたら、あらかじめ大量に集めておいた小枝をゆっくりかつ大胆にかぶせる。小枝に炎が移れば、あとは何もしないでも炎がどんどん大きくなるので焚火に移行できる。
火口の炎が安定しない、あるいは集めた小枝が湿っているような場合は、写真のように焚き付けを空気に触れさせつつ、乾かしながら炎を移しとっていく。
メタルマッチとマグネシウムは別物!?
一般的にメタルマッチ=マグネシウムと勘違いされやすいが、正解は鉄とセリウムの合金「フェロセリウム」だ。ただ、それが全くの見当違いかというとそうではなく、着火温度が低く火花を散らせやすいフェロセリウムと急激に酸化させると激しく光と熱を放出するマグネシウムの特性を用いて、より強力な火種を作るメタルマッチもある。例えば米軍が用いるメタルマッチがそれだ。
米軍タイプはマグネシウムの板の片側面にフェロセリウムの棒が付いている。フェロセリウムで火花を起こす前に、マグネシウムを一時的な火口として削っておき、ここに火花を落とすのだ。
マグネシウムに火花が当たると強烈な光を放ちながら瞬く間に燃焼する。この際発生した熱が天然火口(枯葉etc)に含まれる可燃性ガスを確実に引き出し、着火性を大幅に上げるのだ。
意外にも多いメタルマッチに適した人工火口
市販着火剤の実力検証
続いてはとにかく一度メタルマッチで火を熾してみたいというエントリー層、あるいは天候に関わらずガンガン焚火を楽しみたいヘビーユーザーに向けて、市販の着火剤にメタルマッチで火を付ける実証テストを行った。結果はどれも大変優秀であり、ほぼ100%の確立で火熾しが可能だろう。
LIGHT MY FIRE [ライトマイファイヤー]
ティンダーオンアロープ
燃焼時間/約1分14秒
材質には松を使用。天然の油分が約80%含まれる着火剤。ナイフなどで薄く削り、ファイヤースターター等の火花を落として着火させる。防水性が高く、ロープ付きのため使い勝手にも優れる。サイズは150×22×22mm。重量約50~70g。実勢価格500円程度
メタルマッチによる火熾しの大定番火口
天然素材を用いた着火剤としては間違いなく最高峰の着火性を誇るが、大定番火口ということでこれをベンチマークのランクBとした。
テストでは5回ほど火花を散らせる程度で着火した。末長く使える省燃費性を考えるとかなり優秀。
ナイフで薄く適量を削ぎ取る。微塵切りの要領でさらに細かくすると着火性は上がる。
UNIFLAME[ユニフレーム]
森の着火材
燃焼時間/約7分20秒
ペレットストーブや薪ストーブ、BBQ、キャンプファイヤーなど、火熾しに最適。材料の間伐材とパラフィンワックスはリサイクル品を使用。揮発成分不使用のため、刺激臭も出ない。1片で約7分間かけてゆっくり燃焼する。12回分。実勢価格650円程度
天然素材を用いて長時間燃焼を実現
パラフィンワックスによる着火性の良さに加えて、木材ならではの安定した炎が好印象。他の着火剤に比べて燃焼時間も十分に長かった。
着火剤を砕くと砕かないとでは雲泥の差が出た。砕けば3~4発の火花で着火する実力を発揮する。
今回は製品状態で切れ目の入った1コマ分をさらに半分に割り、着火性を上げるために砕いて使用。
CAPTAIN STAG[キャプテンスタッグ]
ペーパー着火剤
燃焼時間/約4分10秒
1枚のサイズ95×195×厚さ2㎜を6枚組でセット。ステアリン含有、植物油由来のパルプを使用した携行にも便利なペーパースタイルの着火剤。燃焼時間は1枚の1/3で約5分。キャンプ、バーベキュー、焚火などの火熾しが手軽に行える。実勢価格600円程度
持ち運びにも便利な玄人御用達の逸品
かつては服部文祥も使っていたペーパー着火剤は安定の着火率。ちぎると必然的に綿状の繊維が飛び出すため、メタルマッチにも最適。
バラバラにちぎったことで大量の綿毛が飛び出し、結果的に2~3発の火花で必ず火がついた。
1シートに縦に3分割できる切り取り線があるが、今回はさらにその1/3を使用。バラバラにちぎっておく。
Esbit[エスビット]
固形燃料スタンダード
燃焼時間/約4分58秒
爆発性なし。燃焼時液体化なし。燃え残り灰はほとんどなく、目に見える煙も出ない固形燃料だが、7000kcal/kgsのハイパワーで着火剤としても使用可能。燃焼時間は1つのタブレットで約5分間。素材はヘキサミン。1箱には4gが20個入る。実勢価格600円程度
お湯も沸かせる信頼の固形燃料
本来はこれ自体を固形燃料として使うものだが、今回はあえて火口用途の実力を検証し、驚異の着火性を証明することができた。
砕かないといくらやっても着火しないが、砕いたら2~3発の火花で着火。燃焼時間もさすがに長い。
今回は1粒のさらに半分を砕いて使用した。ナイフのハンドルエンドで叩けば簡単に砕ける。
NITINEN[ニチネン]
チャッカネン
燃焼時間/約5分18秒
メチルアルコールと増粘材を成分とした、木炭への着火に便利なゼリー状の着火燃料。炎が確認できる赤色火を採用する。チューブには逆止弁が装備され、一度出た燃料は容器内に戻らない仕組み。燃焼中のつぎたしは不可。屋外専用。240g。実勢価格500円程度
抜群の入手性を誇る最も身近な着火剤
チューブから出した瞬間にガス化するため、本来は火の元から十分に離れた状態を維持するべき。メタルマッチでも着火性は驚愕の良さ。
ゼリー状ゆえ期待していなかったが、小さな火花でも必ず着火。ガス化するため即使用するべし。
ゼリー状の液体を500円玉程度の大きさで絞り出した。何の下ごしらえも必要はない。
LOGOS[ロゴス]
防水ファイアーライター
燃焼時間/約6分21秒
水に濡れても着火が可能で、一度火がつけば水がかかっても消えない、さらに水に浮かべたままでも着火できる防水仕様の着火剤。燃焼温度は700~750℃で、1個あたり13~17分間燃焼する。木炭1kgに対し1~2個で着火可。21個入り。実勢価格700円程度
あらゆる局面で使える高い万能性が魅力
防水性を有する着火剤として、ライターによる点火でも役立つ逸品だが、メタルマッチ点火でも最高峰の着火性を証明してくれた。
こちらも予想に反して一発点火。炎も十分に大きいので、簡単に焚き付けへ火が移ることだろう。
今回使用したのは1タブレットの半分。手で簡単に潰せるくらい柔らかく、下ごしらえも楽だ。
Weber[ウェーバー]
ライターキューブ
燃焼時間/約4分23秒
ウェーバー独自の技術を用いて天然素材のみで固形化された天然点火キューブ。原材料はヨーロッパ産おがくず。化学成分は一切使用していないため、安全・安心、環境にも優しく、食材への匂い移りの心配も無い。48個入りでコストパフォーマンスも高い。実勢価格700円程度
天然素材を用いながらも高い着火性を発揮
天然素材系着火剤の中でも高い人気を誇る同アイテムは、繊維を圧縮したような作りでメタルマッチ点火との相性も抜群だ。
見た目からも想像できる通り、細かな綿毛が盛大にできた断面のおかげで2~3発の火花で着火。
今回は1キューブを半分に切って使用。積層構造となるので、ちぎると簡単にバラけてくれる。
Live Fire Gear[ライブファイヤーギア]
ライブファイヤー スポーツ シングル
燃焼時間/測定不能
ミントタブレットサイズのケース内に収められる着火剤。水没しても使える防水性を誇り、ファイヤースチールなどの火花にて着火可能。スライド式の蓋の開度で火力調整、閉じれば消火するため、繰り返し使用できる。パイナップルの香りを放つ。実勢価格1300円程度
メタルマッチのための超・省エネ着火剤
フェルト素材に固形燃料を染み込ませたような着火剤で、ナイフで簡単に毛羽立ちを作れる。下ごしらえ次第で着火性は左右するだろう。
毛羽立ちの作り方次第だが、しっかり準備すれば一発点火も可能、燃焼時間は蓋半開きで50分程。
繰り返し使えるため分量などはなく、蓋をスライドしてナイフの先で毛羽立ちを作って使う。