今週の編集部推奨品とは、雑誌の限りあるページでは残念ながらハショるしかなかった蘊蓄(うんちく)、戯言(たわごと)をインターネットの無限に広がる仮想空間に書き連ねるごく個人的なブログ。公の出版物とは全く関係のない独断と偏見が混じることもあるので悪しからず。
本題に入る前に、文字数制限のないネットならではの駄文からはじめよう
フィールドウェアに用いる定番化繊と言えばナイロンやポリエステルだが、ファッション業界の人間が「M-65のレプリカはポリコットン(ポリエステル×コットン)じゃなくて、ちゃんとナイコ(ナイロン×コットン)を使わないと」なんて話しているのをよく耳にする。見た目重視の街着を作る上ではどちらも変わらないので、これはもう「米軍実物がナイコを使っていたから」というこだわりの世界だろう。正直スペックの観点から見ても、どちらも溶融点は250度程度、大気中での燃焼性を表す限界酸素指数(※)は19〜21と変わらない。ナイロンの方が若干燃えにくく軽いので、一般的にはナイロンの方が高性能とされ、その分値付けも高めとなっている程度だ。
※限界酸素指数……Limiting Oxygen Index。これは素材が燃え続けるのに必要な最少の酸素濃度を示したもので、値が大きいほど多量の酸素を必要とし、大気中では燃えにくいということになる。大気中の酸素比率は20~21%ゆえ、一般的にこの値が22以下であれば燃えやすく、それ以上であれば燃えにくい(燃えてもすぐ鎮火してしまう)。
ちなみに、これらにコットンを混紡するのは化繊ならではの速乾性はそのまま、特有の冷たく硬い肌触りをしなやかにできる、フィールドウェアにおいては火の粉による穴あきを軽減できる、という理由が大きいだろう。元来コットンの方が限界酸素指数は低く(16〜19)、着火してしまえばよく燃えるのだが、溶融せずに360度くらいまで発火しないので火の粉に強いというわけだ。
さて、せっかくなのでここでフィールドウェアの素材史を振り返っておくと、その開発が本格化した第二次世界大戦期では化繊がまだ一般的でなかったため、コットンの編み方によって引き裂き強度や耐摩耗性などの特性を与えていたようだ。例えば1940年代に米海軍が使用していたN-1デッキジャケットは、縦糸に細番手、横糸に太番手の糸を用いた高密度コットン生地”ジャングルクロス”を採用し、単なるコットン生地では実現できない優れた強度や難燃性を付与していた。同時期のミリタリーウェアに見るヘリンボーン生地やコットンツイル生地も、強度と柔軟性の向上を図る手段と言えるだろう。ただし、やはりコットンは保水しまくるので、東南アジアの戦場では乾く間もなく降り続く雨により身体はふやけ、自殺者も出るほどの不快感に苛まれたらしい……。
仏軍 M-47
N-1デッキジャケットと同年代(1940〜1950年代)に仏軍が運用していたM47フィールドジャケットの前期型(今なら中田商店で実物を買うことができる)。分厚いコットンツイル生地はタフだが、水濡れは大敵だ。ちなみに後期型はしなやかさ重視のヘリンボーン生地となっている。
で、ようやく化繊がフィールドウェアに使われはじめたのが朝鮮戦争〜ベトナム戦争期だ。ナイロン自体は1939年にデュポン社が工場生産をはじめていたものの、歴史に裏打ちされた確実な性能を重視する軍用品においてはその有用性が十分に認められてからの採用となったのだろう。同時期の化繊衣料として最も有名なモデルと言えば、やはり、戦闘機がプロペラ機からジェット機へ移り変わる過程で米空軍が採用したフライトジャケット・MA-1。コットン製の前身・B-15ではジェット機の高高度飛行時に繊維に染み込んだ水分が凍ってしまったため、ナイロンを用いたのである。
米軍 MA-1
1958〜59年に納入された最初期のMA-1(ドブスインダストリーズ製)。まだライナーにレスキューオレンジが用いられてはいないが、ジェット機の高高度飛行に耐えるナイロン、多様化する装備への干渉を避けるシンプルなデザインが特徴的だ。なお、MA-1の素材として挙げられる難燃素材ノーメックスは1960年代初頭にデュポン社が開発したもので、こちらもナイロンの一種である。(写真はTHE ALPHA STORY'/BAKERHILL PUBLISHINGより引用)
他には1965年に米陸軍に制式採用されたM-65フィールドジャケットも歴史に名を刻むモデルである。その前身であるM-51のコットンサテンボディからナイコボディへと変わり、優れた速乾性、耐久性、難燃性を獲得。これぞ、サバイバル愛好家・カメ五郎が着ていそうな所謂フィールドジャケット(前面4ポケットスタイル)の完成形と言えよう(ちなみにカメ五郎が冬季に着ているN-3Bは編集部贈呈品)。その後の発展は今を生きるアウトドアマンもよく知るもので、1980年代に米陸軍のネイティック研究開発技術センターがECWCS(拡張式寒冷地被服システム)を開発。第1世代のレイヤー4「ゴアテックスパーカ」が現行マウンパの始祖となっている。
米軍 M-51
米軍 M-65
1961年に納入されたM-51と1967年に納入されたM-65。ぱっと見の違いは襟の仕立て方くらいでよく似ているが、ボディ素材をナイコとしたM-65の方が速乾性などに優れている。(写真はTHE ALPHA STORY'/BAKERHILL PUBLISHINGより引用)
米軍 GORETEX JKT
1980年代より米軍が開発しているECWCS。その第一世代にてレイヤー4(現レベル6)を担う防水透湿パーカは、今でも“ゴアテックスパーカ”としてファッション〜アウトドアシーンで親しまれている。最新のマウンパにはない肉厚な生地で、過酷な環境にも耐える。こちらもLサイズのみだが、久々に中田商店に程度のいいデッドストックが入荷しているのでチェック!
やっと本題!ウール並みの肌触りにして優れた難燃性を実現する化繊に注目!
さて、そこで今回ピックアップする”モダクリル”である。こんな素材名は聞いたことないぞ……となるのも当然で、こちらは日本で言う「アクリル系繊維」が世界的なISO規格では「モダクリル」に分類されるとして、2022年より日本でもこう呼ぶことにしたという話だ。ゆえに今後は色々なところでモダクリルという素材を目にすると思うのだが、今回編集部が推奨するアイテムはISO云々で今後そう呼ばれるようになるアイテムではなく、モダクリルの特性を活かし切ったアイテムである。
我々の身近なところではモンベルの焚火対応ウェア「フエゴ ダンガリーシャツ」がモダクリル×コットンの混紡生地で、1万120円(税込)で売っている。果たしてこれを安いと見るか、高いと見るかはモダクリルの一般的な用途を知ってから判断してほしいのだが、その前に注目したいのが難燃性素材“フレアテクト”を売りとしているフエゴシリーズの中でも、難燃性ビニロン×コットンの混紡パターンとモダクリル×コットンの混紡パターンの2種類があることだ。
前者のビニロンはデュポン社のナイロンに次いで世界で2番目に作られた化繊で、その成分は水素、炭素、酸素のみ。構造も樹木の主成分であるセルロースに酷似しており、化繊成分の定番・窒素が入っていないから燃やしてもアンモニアなどの有毒成分が出ないという我々にとっても親近感のわく素材だ。繊維強度が高く耐候性にも優れている一方、化繊としては珍しく親水性と吸湿性があり、綿のような風合いも魅力となっている。
こちらは難燃性ビニロン×コットンを用いたフエゴシリーズの新作防寒ジャケット(起毛ライナーモデルおよびダウンモデル)。優れた登山用品を開発するモンベルが、我ら焚火好きのための野営着ラインナップを増やしてくれるのは嬉しい限りだ。
一方、後者のモダクリルはアクリロニトリルと塩化ビニルを共重合したもので、羊毛に似た風合いを持つしなやかな素材だ。ビニロンも熱に強い特性を持つが、こちらは限界酸素指数がなんと45〜49という塩化ビニルを含んでいることで、カーテンやカーペットなど、難燃性を謳った家庭用品にもよく使われている。数万単位で売られているそれらの販売価格帯を鑑みれば、モダクリルを衣料に落とし込んだ場合に若干割高となるのも納得だろう。「フエゴ ダンガリーシャツ」の値段をあえて出したのは、これでも十分にコスパに優れていることをアピールしたかったからなのだ。
モダクリル×コットンを用いたフエゴダンガリーシャツ。インディゴ染めのコットン糸に白色のモダクリル繊維を編み込むことで、見た目にも自然な風合いが楽しめる。デイリーユースできる難燃ウェアはそうないので貴重な存在だろう。
実は真の本題はここから!国内アウトドアウェア事情をどう見るか!?
ここまで長々と書いてきたのは、実はこの先をあまり読んでほしくないから。モンベルのウェアが高いか安いかという話にかこつけて、これを機に少し、世間的にアウトドアウェアは高価格帯こそ本物という風潮にメスを入れたいと思う(もちろん、ここまで読み進めた知的好奇心に富む物好きなら大体の事情を察しているだろうけども)。
我らがYouTubeチャンネルをはじめ、よくメディアにサバイバル登山家・服部文祥が登場するとコメント欄には「ガチの山屋があえてモンベル着てるのがかっこいい」「本物は何着ても変わらないんだな」などというコメントが散見される。あるいは最近引っぱりだこなデックン(東出昌大)の山古屋生活が映っても「モデル出身なのにモンベル着てるの好感持てる」「気負わずにモンベルを着るなんて質素な生活してるんだな」なんてことが書かれてしまう。編集部はそういうコメントを見るたびに「アメリカ主導の資本主義に思いっきり騙されてるぅ〜」と思ってしまう。
おそらくそんなコメントを書く人の多くはアウトドアを本気でやっているわけではなく、“ボブ・ラングレーの名著『北壁の死闘』に連想されるアメリカのアウトドアブランド”に憧れを抱いているのだろう。でも、そこで売られているアイテムの多くは、“勝利の金メダル”から連想される日本の実力派フィールドウェアメーカーが手がけた、言わば日本企画なのだ(フラッグシップモデルやギア類はアメリカ企画である場合が多い)。“西日本に生息する大ネズミに連想されるアメリカのアウトドアブランド”だって、元々はオリンピック日本選手団のウェアを多く手がけてきた国内有数のスポーツウェアメーカーによる企画品が多数である(現在は新進気鋭の国内スポーツアパレルメーカーが担当)。言ってしまえば、どこも日本の優れた技術が生み出したウェアがメインであり、モンベルと変わらない。価格の差はアメリカのブランドネーム分なのだ。
だって、本物のアメリカ製品を見てみてほしい。アメカジ好きの間で殿堂のスタジャンブランドとなっているスクーカムは「左右の袖の長さが違うところが良い味出してるよね」と言われ、親しまれている(今ZOZOで売っているスクーカムはどうか知らないが)。あるいはエレキギターの殿堂、ギブソンのレスポールも「モノによって違うサンバーストカラーの塗りムラが個性だよね」と言われ、今なお崇められている(カスタムショップモノは別)。オリジナルを生み出す力はさすがだが、正直品質ならかつて長野の松本でマツモクが作っていたエピフォンジャパンのレスポールの方が断然良いのだ。
だからあくまでアメリカにこだわりつつ、本当に品質が良いフィールドウェアやギアを身に着けたいなら、本場生まれの良いものの輸入に特化したA&Fやアメアスポーツが取り扱っているメーカー、あるいはパタゴニアやLLビーンといった本国直系の日本法人のアイテムを選ぶべきだろう(その分大柄なアメリカンサイズに悩むことになるものの、最近はアジアンフィットも増えてきた)。ちなみにコロンビアも本国直系の日本法人だが、ここは巨大なので日本独自企画品もあるはず。いずれにしても先の2ブランドと同様、性能や品質は本国同等以上である。
フタを開けてみれば、結局どのアウトドアウェアメーカーも優れていると言っている……が、性能が物を言うカテゴリーだからこそ、本場アメリカ、追う日本の構造でコスパに優れた日本企画をなんとなく下に見てしまうのはよろしくない。多くの人が“北壁の死闘”>モンベルというイメージを抱く背景には、日本がWWⅡの敗戦国ゆえ、どこかでアメリカの精神的奴隷状態(村上竜著『五分後の世界』に詳しい)に陥っているのではと思ってしまう。ブランド戦略として、確かに“北壁の死闘”の方が店舗も洒落ているのだけれど、少なくとも我々アウトドアマンは性能重視で装備を揃えるべきだろう。国内アウトドアウェアメーカーの実力派中の実力派、ファイントラックを見てみてほしい。彼らが手がけた自衛隊・水陸機動団のアンダーウェアは、日米合同軍事演習時の米兵から常に羨望の的として見られているらしい。日本のアウトドアマンがこぞって着用している定番のドライレイヤーは、世界最高峰の性能を誇っているのである。
さてさて、話をモダクリルに戻そう。最後にお高い商品が多いモダクリル製品の中でも、これまでの話をすべて無に期してしまうくらい費用対効果が高い編集部推奨品を紹介しておく。それは世界の良品をいかに安く提供できるかに全精力をかけている中田商店の仏軍実物アンダーウェア。肌触り抜群のしなやかな着心地にして、戦場に降り注ぐ大量の火の粉にも負けない難燃性を備えていながら、お値段はなんと上下合わせて5300円〜。
中田商店に入荷している仏軍実物のロングスリーブスポーツシャツ2800円とモダクリルアンダーパンツ2500円(ともに税込)。化繊の中で最も羊毛に近いとされるモダクリルだけに、アンダーウェアとの相性も抜群なのだ。