<vol.28>渓の翁・瀬畑雄三とサバイバル登山家・服部文祥に学ぶ テンカラ再考

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サバイバルに最適な日本伝来の実戦的フィッシング

しなやかなカーボン竿が柔らかくも鋭くしなり、息を吹き込まれたラインが空間をまっすぐに延びていく。シンプルで奥が深い日本伝統の毛バリ釣り。サバイバル登山家の師の一人、瀬畑雄三を訪ね、その技に野生とテクノロジーの融合をみた。
文/服部文祥 写真/亀田正人

瀬畑雄三

せばた・ゆうぞう●大鵬、王貞治と同世代の1940年生まれ。独自の工夫、バイタリティ、知的好奇心で日本の難渓を渡り歩く。積み重ねた実績と芯が通った穏やかな人柄から、野遊び界の支柱的存在で「渓の翁」とも呼ばれている。近年は、只見叶津番所にいることが多い。著書に『渓のおきな一代記』(みすず書房)、『渓語り』(つり人社)など。

テンカラは地球の文明を代表する

 地球外知的生物がもし地球を訪れて、この星と人間とその文化を数日で理解したいと言ったら、私はテンカラサオを手にした山旅に同行するよう提案する。虫に似せた擬似バリを竿とラインで飛ばし、水中に生息する魚を釣り上げ、焚き火で調理して食べる。山にも登る。そこには人類の基本的な生き様と、文明のいくつかが、確実に詰まっている。人間と地球を理解する入り口にはもってこいである。

 軽くシンプルなテンカラ釣り。その裏には簡単に説明を許さない奥行きがある。釣りバリ一本とってみても、それは人類の金属鍛錬の髄と歴史の結晶である。毛バリに使う鳥の羽根は恐竜の鱗が進化したものと考えられている。その軽さ、性的アピールに伴う色の輝きなどを利用して、釣り人は昆虫に似た毛バリを作る。昆虫が輝く外羽を持つのは鳥に食べられないためだという。一方で、渓流魚は光るものが好きだ。おそらく虫の羽の輝きで魚はエサとゴミを見分けている。そして、釣り人は鳥の羽根の輝きを使ってそこにつけ込んで……と、最初に何を言おうとしていたのかわからなくなるほど、毛バリ釣りは、それぞれの生物が生きるために発展させた生態を利している。

 そこに山旅という要素が加わる。憧れの峰、美渓、秘境への旅は、シンプルな原始生活のようで、簡単には分析を許さないほど奥深い。たとえば、渓歩き一つをとっても、人類が作り出した機械ではこなせない。河原の石に足を置き、バランスを取りながら次の足を出していく。この単なる河原歩きをプログラミングすることはできないのだ。機械が将棋や囲碁で人間に勝てても、山旅ができるようになることはおそらくない。

 自然環境を旅すること。地球のサイクルに入り込んで過ごすこと。それは生き物の特権である。どこまでもいのちの行為だ。もしくは生き物とは、自然の中を旅する(移動する)存在なのかもしれない。だとすれば、人間は街を離れ、竿を持って山の中に入った時にのみ、生き物に戻っているのかもしれない。

久しぶりに只見で釣行を共にした師弟。半世紀以上、険谷を釣り歩いてきた瀬畑に今日もまた新しい知見を得る。

テンカラと竿の長さ

 瀬畑雄三本人と出会うかなり前から、私は瀬畑雄三に出会っていた。私の周りにいた釣り人たちの中に瀬畑さんが入り込んでいたからである。同じように、私の釣りを雑誌などで見ている方の中にも、すでに瀬畑さんがすこし入り込んでいるかもしれない。

 自然を相手に活動する人間は、柔軟さとかたくなさを併せ持っている。頑固な芯は重要だ。柔軟に何でも取り入れることが、革新的で器が大きく優れた性向だと思われているが、それは単なるバカである。なんでも試してみたうえで、その価値を正しく判断できなければ、新しいことを取り入れたあげくに、後退をすることになりかねない。

 毛バリ釣りとエサ釣りのどちらが優れているか。フライフィッシング(西洋式)とテンカラ(和式)はどうか。答えは、釣り人の技量や、フィールド、目的によって変わってくる。私はエサ釣り→フライフィッシング→テンカラ釣りと遠回りしてきたゆえ、テンカラ釣りの長所も短所も心得ているつもりだ。

 私にはテンカラ釣りの師が複数いる。もっとも多くの教えを受けたのは、アウトドアカメラマンの丸山剛である。長年、渓流釣りをやってきた丸山さんとは、私がサバイバル登山に目覚め、渓流釣りの修行をはじめた頃から深くつき合ってきた。

 丸山さんは仕事でもプライベートでも瀬畑さんと長く釣行を共にしていたので、瀬畑流(をちょっと独自に変化させた)テンカラの名手の一人。さしずめ瀬畑流の高弟というところだ。

 丸山さんは、エサ釣りからフライフィッシングに向かった私に、無理にテンカラ釣りを薦めることなく、つき合ってくれた。長い目で見守っていてくれた、というよりは、どうせそのうちテンカラにたどり着くと心の中で笑っていたのかもしれない。

 北アルプス、黒薙川北又谷を私はフライロッド、丸山さんはテンカラでいっしょに遡行し、テンカラの威力を見せつけられた。翌年、今度は秋山郷の魚野川にいっしょに行った。私の手には相変わらずフライロッドが握られていたが、その魚野川で私は、水に沈んでいるテンカラ竿を拾得した。それが最後のトドメだった。予備のラインをもらい、拾った竿を振りながら、初めて渓を歩いた。テンカラ竿を借りて釣りをしたことはあったが、歩きながら自分の竿を振るのは初めてだった。

 日本の渓を歩く山旅のテンポに、テンカラ釣りはぴったり適合していた。シンプルさと手返しの速さ、万能さ、躍動感と清々しさ。そしてそこには私が追求するサバイバル登山をさらに深めてくれそうな予感まで含んでいた。あえて難点を挙げれば、木々が覆い被さった渓では、毛バリを打ちにくいというくらい。私はあっさりフライフィッシングへの憧れとこだわりを捨てた。

 そのとき拾った竿は、釣行の途中で仕舞えなくなり、仕舞わないで歩いていたら、藪にひっかけて折ってしまった。帰京してすぐにテンカラ竿を購入した。購入に際して、丸山さんが静かに強調したのは、四メートルという長さだった。四メートルは毛バリを振る竿としてはやや長めになる。だがその長さは、日本の大渓谷を繋ぐ山旅派が行き着いた結論であり、その中心にいるのが、瀬畑雄三さんだった。

翁の山行装備

半世紀にわたる経験が導いた結論

長い間、渓で遊んできた瀬畑は独自の装備観をもっている。値段もブランドも関係ない。どうすれば渓で快適に楽しく遊べるか。常に目を光らせ利用できるものを探すそのお眼鏡にかなったものは、洗練された瀬畑の釣行にぴったりとマッチする、個性派ぞろい。

トレードマークでもあり実用でもある。裏に毛バリ刺しが付けられている。

タイヤチューブ

濡れたズボンが下がってこないベルト。竿を差したり、焚き付けにもなる。

バックパック

秀山荘オリジナル?だろうか。サイドポケットが大きいのが特徴。

沢足袋

釣り用の足袋を使っているのは、翁でも脱いだり履いたりが楽だから。

テンカラと竿の長さ

魚を獲るための道具はたったこれだけである

それぞれが考え抜かれ、洗練されたものでありながら、強いこだわりは感じさせない。ラインと毛バリはオリジナル、竿は会うたびに変わっている。ただ長さはおおむね4m前後。胴調子を好むようだ。毛バリ釣りは「かんたんだよぉ」がいつもの口癖。難しく考えすぎず、魚のいる渓で、とにかくドンドン振ってみる。ことからはじまるようだ。

テンカラの基本構成

竿

量販店の安売り渓流竿から、高級カーボン、和竿まで何でも使う。長さはおおむね4m前後。今回は天竜のテンカラサオを使っていた。

ハリス

ラインと毛バリの間に入る透明なイト。それほど長くなく1mから50センチくらい。渓流釣りとしては太めの1.5号くらいを使うことが多い。

飛ばしイトライン

黄色いナイロンイトを電動ドリルを使って縒って作ってある。長さは通常4.5メートルほどだが、川幅に合わせて8メートル以上になることもある。

毛バリ

自己融着テープなどを使った翁オリジナル毛バリだが、毛バリは何でもいいが口癖。信用して打ち込めることが一番重要なようだ。詳細は後の「翁の毛バリ」の章にて。

そして、瀬畑雄三

 私は東大鳥川西ノ俣下部の難所、釜滝をリードで登って、ロープをフィックスした。後続のメンバーにはロープを頼りに登ってもらおうという算段である。そしてメンバーが登ってくる時間を利用して、私は釜滝の上で毛バリを振った。

「服部くんはすぐうまくなるよお」 釜滝を越えてきた瀬畑さんが、その日何度か言ったセリフをまた口にした。「だいじだ。焦らなくてもそんだけ足が強くて、釣りが好きならあっという間だよ」

 瀬畑さんと初めて会ったのは、飯豊連峰実川裏川の釣り取材だった。丸山さんが「瀬畑さんの釣りを見ておいた方がいい」と同行をすすめてくれたのだ。

 実川裏川のゴルジュを泳ぎ、悪い滝に行く手を阻まれた。先に進むには、二メートル下にある傾斜のあるテラスに下降する必要があった。ロープがほしいところだが、周辺はつるつるに磨かれた岩場で、確保支点を取ることはできなかった。確保なしでテラスを目指し、もし着地に失敗すればその下の滝つぼに落っこちて死にかねない。

 どうしようか悩んでいる私に瀬畑さんが言った。

「持っててやるから、先におりな」

 何を言われているのか、よくわからなかった。確認すると瀬畑さんがロープを手でつかんでいるので、それを支点に懸垂下降しろ、ということだった。人間を支点にして懸垂下降するなんてテストだったら赤点、ガイドだったらクビ、その上、その支点になる人が立っている足場は不安定な外傾した岩場だった。もし滑ったら、二人して落ちることになる。いや、落ちそうになったら瀬畑さんの本能は、持っているロープを手放すはずだ。

「ダイジだから」と瀬畑さんは言った。

 私はクライミング人生ではじめて、人が持っただけのロープで懸垂下降した。肩や腰にまわしたものではなく、手で握っただけのロープである。それで外傾したテラスに首尾よく降り立ち、わたしは滑り降りてくる丸山さんと瀬畑さんを受け止め、その難所を通過した。

魚と出会うためにはいにしえの道跡をたどる

 そして東大鳥川西ノ俣である。渓谷遡行のグレードをつけたらおそらく5級。第一級の険谷を表す数値が付く。滝の巻きで強いられるクライミングや、トロを突破する泳ぎがひとつひとつハイレベルだ。だが、後ろに瀬畑さんが控えていると、悲壮感は生まれない。

 「好きなところをいけばいいよお」と笑っている。大岩を乗り越え、ボルダームーブが必要になれば荷上げする。あっちを登ったり、こっちを泳いだりとしているうちに、ツバクロダイゼンがその姿を現した。

 複雑なV字渓谷の奥にかかる、異様な迫力のある滝である。

 「こんな山奥の滝に名前があるなんて、昔の人はすごいですね」

 「おれが名付けたんだよお」と瀬畑さんがまたニヤけている。地名を創り出して許されるのは、冠松次郎(一八八三〜一九七〇。黒部を中心に日本を探検した登山家)だけだと思っていた。「いい名前だろう?」と瀬畑さん。

 おそらく記録を丹念に掘りだしたら、世の沢登り愛好家が遡行する前に、瀬畑雄三が初遡行していた渓が複数出てくるはずだ。

 イワナを釣るだけだったら悪い険谷を奥まで行く必要はない。すこし前は日本の渓ならどこでもイワナがたくさん釣れた。だが若き日の瀬畑さんは誰も行ったことがない渓のその奥を目指した。

 どうしてわざわざゴルジュをこえて渓の奥を目指したのか聞いたことがある。

 「なんでかなあ」と瀬畑さんは考え 込んで「なんかその先が見たくなる んだよお」と続けた。

 瀬畑さんは、かつて東北の谷を歩き回っていたとき、有名渓谷の入り口すべてに延べ竿を隠しておいたという。何度となく同じ渓に入り込んで、釣行を繰り返すうちに、この奥はどうなっているのか、この支流には何があるのか、そんな好奇心に導かれ、渓の奥へ奥へと足を伸ばしていったのだ。一番の目的は大きなイワナとの出会いだったのは疑いない。だがそれでけではない思いがそこにあった。その先が見たい。それは冒険や探検の一番根っこにある好奇心である。

 釣欲に突き動かされ、冒険心も伴って、瀬畑さんは誰も行ったことのない渓の奥をめざした。でも登山的な自己顕示欲はそこにはなかった。誰に見向きされなくても、金儲けにならなくても、瀬畑雄三はただ一人、渓に入り込み、イワナやヤマメを釣り、焚き火を熾こし、ブルーシートで瀬畑ハウスを作って、渓の時間をすごしてきたのだ。

 仮にシーズンに四〇日強渓に入っていたとしたら、一シーズンで約千時間。それを五〇年続けたら五万時間。才能が花開くまで、一万時間の積み重ねがいるという説がある。一万時間の法則と言われるものだ。ざっと見積もっても瀬畑さんは一流の釣り人を五人作り出す時間を渓で過ごしていることになる。

 「どうすれば釣りがうまくなりますか」というダイレクトな質問を投げかけたこともある。

 「釣らないで、見てればいんだあ」と返ってきた。「みんな渓に来ると、目の色を変えて釣り出しちゃうだろぉ。一日つぶして、魚が何してるか見てれば、釣りなんて簡単だよう。一日つぶしたぶんなんかすぐに取り返せるよう」

 瀬畑が提唱する「おそいアワセ」「毛バリ沈め」は日なが一日、流れを見ていた結果たどり着いた独自の結論である。

 「オレは全部、試して言ってんだから」と瀬畑は笑う。五万時間以上渓で過ごした故の笑顔である。

引っかかっていた疑問を師にぶつけてみる
なんでもないひと言に一筋の光をみる

 ツバクロダイゼンを越え、いよいよ東大鳥西ノ俣が河原になった。天国というものがもしあるなら、こんなところではないかと思わせるところだった。もし天国に、緩やかな階段状の平瀬が続く渓がないならば、私は地獄のほうがいい。地獄には少なくとも川がある。三途ノ川も上流にいけば、鱒類くらい生息しているだろう。先に逝った欲深い釣り人でまず間違いなくごった返しているはずだ。そういう私も日ごろの行いを鑑みれば、天国に行く心配をする必要はまったくない。

 だから西ノ俣「天国」で思う存分、毛バリを振った。時は二〇〇四年、テンカラに転向して、まだ二シーズン目。どうしようもなく下手クソだった。

 「もっと釣れるだろう?」と瀬畑さんが後ろで首をひねっていた。

 それは伏線だった。というのもすこし進んだところで「ちょっと貸してみな」と瀬畑さんは私から竿を取り上げた。毛バリを確認してから、少し調子を見るように竿を振った。ラインは瀬畑さんにもらった瀬畑ライン、毛バリも瀬畑毛バリだった。軽く打ち込んだかと思ったら「ほうら」といって、九寸ほどのイワナを釣り上げた。魚を下流に放り、一歩も動かずに、もう一度竿を振った。毛バリを打つ位置はやや流れの中央に変わった。そして当たり前のようにもう一尾釣り上げた。そしてもう一度、探るように毛バリを流す場所をずらして、また釣った。一歩前進して、また、まったく同じように三尾のイワナを釣り上げた。一歩しか移動せずに六尾。どれも八寸から九寸。すべてを釣るのに三分かからなかったはずだ。

 渓が平瀬になってから、私は先頭に立って釣りをさせてもらっていた。その間に私が釣ったまともなサイズはせいぜい五尾。瀬畑さんは一歩しか移動せずに六尾だった。文字通り、開いた口が塞がらない、もしくは目から鱗という衝撃だった。

 「まじかよ」とつぶやく私に、瀬畑さんはゆっくりと微笑んで言った。

 「ここに溜まっていることを、知ってたんだぁ」

 一歩しか動かないで六尾釣りあげたカラクリを披露することで、私を安心させようとしたのかもしれない。たしかに複数の岩が斜めに渓を塞ぎ、言われてみれば、イワナが溜まりやすそうな地形だった。だが、その台詞はまた別の驚きを生んでいた。こんな険谷の奥のたいして特徴的でもない大釣りのポイントを、覚えているというのはいったいどういうことなのだろう? いったい何度ここに来てどれだけ釣りをしたというのだ。

「まじかよ」と私はもう一度つぶやいていた。

 翌日、天気が悪くなり、我々は化穴山まで詰めあがらずに、支流の沢から大鳥池にエスケープした。本流を離れて、エスケープのための支流に取り付こうという段になっても、瀬畑さんは「この先がもっと釣れるんだぁ」と悔しそうに繰り返していた。東大鳥西ノ俣の源頭に中流部で釣り上げたイワナを二回、放流したことがあるという。

 繰り返すが、西ノ俣は遡行するだけでも大変な5級の険谷である。

ゼンマイ小屋跡からつづくゼンマイ道にはヤチアザミ

竿の振り方

何でもないように振られた竿から、まるで意志を持つように飛ばしイトが延びていく。イトが延びきると同時にハリスだけが着水し、そのあと、水面に漂うラインでアタリを探る。「簡単だよぉ」と瀬畑は笑うが、「うまく打てるのが前提条件」と言うこともある。瀬畑の振り込みは、もはや歩く、息をすると似たような、生きるための行為の一つ。

上達すればより遠くの小さなポイントを狙える

日本の山旅はこのような開けた渓を行くことが多いので、4mの竿に長めのラインを付けて、遠くから正確に打ち込みたい。瀬畑流をレベルラインに発展させた服部。

動作その1

手前にだらんと垂らした状態、もしくは、打ち込んだあとラインが手前に流れてきたところから打ち込みの動作が始まる。

動作その2

軽く素早く竿を真上に振り上げる。竿のしなりを追うようにラインはほぼ真上に上がる。真上に振り上げるイメージと、竿のしなりがポイント。

動作その3

振り上げたラインが延びきる直前まで、ワンテンポため、ラインに鞭打つような力が加わるタイミングで、竿のしなりを使って打ち込む。

動作その4

力は要らない。タイミングと竿のしなりが重要。竿はラインにエネルギーを送り込むためのものであり、60度ほどしか動いていない。

動作その5

竿は倒しすぎない。エネルギーが伝わったラインはまっすぐに延びていく。延びきる直前あたりでちょっと竿を振るようにするとハリスと毛バリだけが着水する(これは達人の技)。

動作その6

毛バリを自然に流し、イワナに毛バリを見せてやる。ときにはちょっと引っ張って誘ってやる(この加減も達人の技)。食い筋をすべて試すようにずらして何度か打ち込んで流す。

魚の居場所

イワナは自分を守り、エサを食べ、繁殖しなくてはならない。釣り人はそこにつけ込む。生態は生きる術でもあり、弱点でもある。安全かつ消費するエネルギー以上のエネルギー(エサ)を確保できるところにイワナは着いている。上流から流れてくるエサを待つイワナの気持ちになって流れを見れば、イワナの姿が見えてくる。

渓の地形を読んで流れの強弱に注目する

あまりに急流ではイワナがとどまることができない。流れがなければエサがこない。水深がある方が隠れるのに便利である。そのバランスを見極める。季節や天候でも居着く場所は違う。

カケアガリ

段差や小滝でいったん深くなった流れが、急激に浅くなる川底の斜面をカケアガリという。流れがいったん遅くなり、沈んだエサも浮いているエサも見えるため魚が居着く。

晴れの平瀬

暖かく、虫がよく動く日、イワナは岩のゴロゴロした平瀬に出てきてエサを待つ。「こんなところに?」という浅瀬に大物がいることも。テンカラが得意とする状況。

滝壺、プール

大物が居着く代表的なポイント。カケアガリやよどみと合わさっており、手前から丁寧に毛バリを打っていくのがコツ。回遊しているイワナもいるので、しつこく毛バリを打ってもよい。

流木や岩付近のよどみ、えぐれ

もっともオーソドックスなポイント。慣れてくればエサを待つイワナを視認できることもある。流れの至る所にあるので、どこに打つかを見極めることも大切。

山との向き合い方

「鍋をかけたの忘れてて、ウルイをくたくたに煮ちゃったんだ。そしたらさあ、うめぇんだよ」ことさら強調することもせず、瀬畑は山の幸を口にしながら長い山旅を続けてきた。ちょっとしたアクシデントから、よりよい方法に気がつくこともあったようだ。一つ一つの所作にその積み重ねが透けて見える。

経験と柔軟さが渓の翁を作り出してきた

ウルイの生かじり。山菜の知識だけではなく、その食べ方、合う調味料、保存法など、瀬畑の口から繰り出される山の生活、技術は広く深い。

同じ世界でも見えているものが違う

日当りの良いゼンマイ小屋跡でワラビを摘む。ワラビは日中に伸びるので往路に摘み、束ねておく。ウドはしおれないように帰路に摘む。

まあまあのサイズでほっと一息

久しぶりに師匠の前で釣りをする服部に緊張は見られなかった。瀬畑の醸し出す雰囲気は、周辺の人間をやらかく包み込む。

せっかくとったんだからうまく食べてやらなくちゃ

かつて小料理屋を営んでいた瀬畑さんがそれぞれの山菜をいろいろな料理に仕立ててくれた。定番のウドからから初めて食べるヤチアザミまで、クセになる幸せな味。

ウドの天ぷら、ヤチアザミの天ぷら、叶津番所の台所を借りて、只見の春を食べる。

アク抜きしたワラビを細かく刻み、生卵と混ぜる(醤油も?)。とろみがあり、ご飯にかける。そのうまさにみんな食べることに集中。

翁の毛バリ

「毛バリはなんでも釣れるよ」と言ったかとおもえば、「これが一番釣れるなあ」と自分の毛バリを手に載せる。おそらくどちらも本当である。長めのハックルが魚を誘っているとか、自己融着テープの沈下具合が自然なのだとか、外野からいろいろ分析される翁の毛バリ。いろいろ試してなんとなくたどり着いた結論には、人間の分析を超えた、魚心をくすぐる何かがあるようだ。ヘンリーズフォークリバーでもその威力を発揮した瀬畑毛バリをお守りとして、タックルボックスに忍ばせているテンカラ愛好者は多いらしい。愛用する、がまかつ「管付山女魚」は廃盤になったので入手困難。

フライフィッシングの経験から独自の毛バリをつくる服部。基本的なフォルムは瀬畑毛バリにちかい。

瀬畑流・毛バリの作り方

ハリ、ハックルになる鳥の羽(おおよそなんでもいい)、自己融着テープ(水道工事用、電気工事用は×)、ストッキングの切れ端、が必須の材料。これにクジャクの羽がオプションで加わる。道具は糸切りばさみのみ。

自己融着テープを細く切って伸ばし、ハリに巻き付ける。ストッキングからイトを抜き、それを使って羽をハックルとして巻き付ける。それだけ。翁は簡単にやるが、なかなか真似できるものではない。

できあがったハリは至ってシンプル。日本古来の毛バリに似ている。ただ、ハリからマテリアルまで新旧織り交ぜた新時代の毛バリである。

オレはこの半世紀で全部試してんだから。

テンカラことはじめ

必要な釣り道具はとりあえずこれだけ!

シンプル故に奥深い。テンカラ釣りに必要なアイテムは大きく4つ。竿、ライン、ハリス、毛バリ。ここ数年はアメリカからの逆輸入で、注目を集めた。昨シーズンはそれに合わせて初心者対応の安価な竿が多数発売され、値段のハードルも下がったようだ。

竿

しなりを打ち込みに利用するため、エサ釣り以上に、竿の性能が釣りに直接関係する。正直なところ高価な竿ほど使いやすく、面白いのが実情だ。できれば、釣具屋で実際に自分の手で振って、調子を試してから購入したい。

ダイワ・NEOテンカラ

シンプルで扱いやすい小継テンカラ竿。レベルラインと相性がよく、キャストのタイミングを取りやすいので初めの1本に最適。

アルファタックル・プレミアムセンサー テンカラ超飛

コストパフォーマンスに優れたエントリーロッドとして定評のあるモデル。レベルラインも振れる胴調子を採用。

シマノ・天平テンカラNB

様々なスタイルに対応する本格的テンカラ竿。竿のネジレを抑制する「X45」技術などでシャープな振り抜きを実現。

宇崎日新・プロスクエアスーパーテンカラ

6:4、7:3、8:2、レベルラインの4調子を用意したベーシックロッド。あらゆる仕掛けに対応するラインナップが魅力。

飛ばしイト

テーパーラインは重く飛ばしやすいライン。レベルラインはフロロカーボンというイトの硬度を使って飛ばす軽いライン。初めてならテーパーラインが打ちやすい。瀬畑は独自のテーパーラインを、服部はレベルラインを縒って、両方のいいところ取りのラインを使っている。

フジノ・完全テンカラ

ハリスを付け足すことなく、先端に毛針を結ぶだけですぐに使えるテンカラ仕掛け。

ダイワ・テンカラテーパーライン

レベルラインの軽さとテーパーラインの振り込みやすさを兼備したテーパーライン。

宇崎日新・鬼流テンカラライン

視認性の良い蛍光カラーとフロロカーボンを感じさせない柔軟性を誇るレベルライン。

フジノ・ソフトテンカラ

糸グセの取れやすさにこだわった最も柔らかいモノテーパーライン。

ダイワ・タフロンテンカラ レベルライン

フロロカーボン製ラインの中でトップレベルのしなやかさを誇るレベルライン。

 

宇崎日新・冨士流テンカラパーフェクトライン

7本のラインを1本に撚ったテーパーライン。初心者でも鋭くよく飛ぶ。

ハリス

毛バリ釣りは躍動感がある釣りでアワセはやや強めになるため、ハリスは1から1.5号くらいの太めがよい。フロロカーボンは強くておすすめ。

フジノ・フロロテンカラハリス

水に沈むフロロカーボン100%。ラインとの結束部分の滑りが良く快適に結べる。

フジノ・テンカラハリス

水に浮くナイロン100%。どんなテンカララインにも適合するバランス設計。

毛バリ

初めての人のために毛バリも市販されている。自分で作れれば楽しいが、まずは毛バリがないとはじまらない。

ダイワ・テンカラ毛鉤セット(パラシュート)

テンカラ専用チューニングが施されたフワリと落ちるパラシュートタイプの毛バリ。

ダイワ・テンカラ毛鉤セット(スタンダード春/夏)

テンカラ名人・片山悦二愛用の毛バリを基にした汎用性の高い毛バリセット。

その他

基本4点に加えてぜひ欲しいのが、渓流シューズ。形が靴タイプと足袋タイプ、ソールがフェルトソールとラバーソールの2種類ある。フェルトの足袋タイプが万能。

宇崎日新・テンカラ丸型仕掛け巻ストッパー付

ロッドから取り外した仕掛けを巻きグセを抑制して保存できるアイテム。

フジノ・テンカラ専用かんたん取り付けキット

ロッドからの仕掛けの脱着が圧倒的に楽になるテンカラ専用取り付け糸。

モンベル・サワーシューズ&ネオプレンストリームスパッツ

指割れの地下足袋スタイルで足がズレにくいフェルトシューズと、靴に砂や小石が入るのを防ぐスパッツ。

テンカラ釣りは仕掛け作りも簡単

道具構成が単純なテンカラ釣りは仕掛けの取り付け方も簡単。最もシンプルな方法なら、コブを作るオーバーハンドノット、輪っかを作るエイトノット、両者を繋ぐガースヒッチだけでよい。

その1。飛ばしイトの末端をダブルエイトノットで結び、輪っかを作る(オレンジ糸)。

その2。輪っかをガースヒッチにして竿先端のコブを作ったヘビクチ(ブルーロープ)にかける。

 

 

 

 

その3。結びを固めればもう完成。飛ばしイトとハリスの取り付けも同様の方法でOK。

その4。毛バリのアイにハリスを通してからダブルエイトノットで結べば全行程が完了だ。