寒さも落ち着き、またメキシコへ撮影に行こうかなと再開したばかりのメキシコ直行便の料金を調べてみると、以前の2倍もしてビックリする。前回の撮影時に不発に終わったミチオアカン州での取材の足掛かりはまだ見つかっていない。国境の街、ティファナではミチオアカンから逃げて来た多くの避難民と会った。カルテルへの協力を断ったために夫が誘拐されて生死がわからないままの女性と子供たち。父親が殺され、口封じのために命を狙われた10代の姉妹。命の危険が迫った彼らは全てを投げ捨てて着の身着のまま逃げてきたという。
「もう生まれ故郷には戻れない。私たちのことを忘れないでね」
行き場所がない彼らは支援団体が提供する狭いテントの中で身を寄せ合って生活しながら、アメリカへの渡航許可を待っていた。彼らは国境を無事に超えることができたのだろうか? 憔悴し切った一人一人の姿が眼裏に浮かぶ。
メキシコの仲間と話すと「外国メディアの関心はウクライナ戦争へ移り、メキシコにやってくる者は少なくなった。昨年から仕事がほとんどないよ。仕方がないので市場で洋服を安く仕入れて小売りの商売を始めたよ。運転資金が焦げ付いてきたので助けてくれ! 兄弟! 悪いけど少し金を貸してくれないか?」
ここ最近まではバリバリ働いていたのに……。みんな大変だなと金を少し送る算段をする。
メキシコでも紙媒体は壊滅的で、調査報道を得意としていた彼は金払いが良い海外資本の動画チームの取材フィクサーとして働くようになっていた。残念ながら外国人の監督は現地には行かず、ほしい画だけを現場で切り取らせ、暴力をエンターテイメントにしたステレオタイプのドキュメンタリーを欲することが多い。
フィクサーの仕事は全く手がかりがない状況から麻薬カルテルのコンタクト先を探さなくてはいけないので危険と困難が伴う。
「突然、猛スピードでやってきたワゴン車に押し込められて拉致られた。『お前は俺たちのことをなんで探しているんだ!』と頭に銃を突きつけられて興奮した覆面姿の男たちに恫喝された」
記者だと身分を明かすと「お前の指を全部切り落としてやろうか? ここは俺たちのテリトリーだ。好き勝手な行動はできないぞ」。話がわかりそうな年嵩のリーダー格の男と交渉してなんとか運よく解放されたが、彼らの気分次第で運命はどうにでもなってしまう。メキシコではカルテルに楯突くことは死を意味する。
国境なき記者団によると、昨年はウクライナを上回る世界最多の11人の記者が殺された。そして今、この瞬間も記者だけでなく多くの市民に対して拉致や恐喝、暗殺が行われている。
メキシコの大手メディアがカルテルと政治の癒着を取材し、報道することは皆無だ。 地元に根ざした志が強い独立不羈な記者たちが、小規模なネット媒体でカルテルと政治汚職を追求しているのが現状だ。一方で、記者の中には政治家やカルテルから有形無形の恩恵を受けている者もいる。
日本でも政権への不可視な忖度や同調圧力によってメディアは機能不全に陥ってしまったが、メキシコでは全く比較にならない異次元の強度で市井の人々が虐げられ、ヒリヒリとした危険な日常の中を生きていかなくてはならない……。
そうしてメキシコ行きを算段しているうちに、島にもようやく晴れ間が拡がって、春がやってきた。今年はミツバにハマり、巨大化した葉っぱを袋いっぱい採っては鍋や薬味にして大量に食べている。春のミツバの香りが鼻を抜ける感覚がなんともいえない。
山の中で連れ合いが突然「うわー」と奇声を上げたのでびっくりすると、彼女が指さした先の立ち枯れにはびっしりと大量のキクラゲが纏わりついていた。「今日はツイてるな」と2人で狂喜し、夢中で採取して持ち帰った。生のキクラゲは独特の食感が楽しい。鍋いっぱいあったキクラゲはあっというまになくなってしまう。
後日、春休みで家に遊びに来ていた中学生たちと山中にある滝へ遊びに行った帰りに、今までの中で最大規模のキクラゲの群生を発見した。「うおー大漁だ! すげー楽しい」と、またもやみんなで狂喜し、春の陽射しを浴びながら斜面を転がるように「ここにもある! あそこにもある! そこの裏側のところ忘れないで取っといて!」と巨大な掌サイズのキクラゲをバケツいっぱいに採った。
畑での収穫と違って山での採集は出会いの要素が強いので、「獲物」に出会うと俄然、興奮してしまう。やはり狩猟・採集は身体の奥底からグッと押しあげてくる多幸感と脳内のアドレナリンが共鳴する、良質な天然ドラッグだなーとあらためて感じた。
亀山 亮
かめやまりょう◎1976年生まれ。パレスチナの写真で2003年さがみはら写真新人賞、コニカフォトプレミオ特別賞。著書に『Palestine : Intifada』『Re : WAR』『Documen tary写真』『アフリカ 忘れ去られた戦争』などがある。13年『AFRIKA WAR JOURNAL』で第32回土門拳賞を受賞。写真集『山熊田 YAMAKUMATA』が2018年2月、『戦争・記憶』(青土社)が2021年8月に刊行された。
村人たちは犬をたくさん飼って外部からの侵入を警戒している。