私が創造できるかぎり最高のデザイン、見つけられるかぎり最高の素材、そしてできるかぎり最高の技量を持って、最高のハンティングナイフを作る。
これは“ナイフの神様”と言われるR・W・ラブレスが、1970年代のカタログに載せた言葉だ。地位も名声も手に入れた彼だが、常に目指していたのは我々アウトドアマンの手に、最高のナイフが握られること。我々は意識を改めなくてはいけない。カスタムナイフはただ眺めるだけの高級品ではなく、実用性を追求した野外道具である。
取材協力/Matrix-AIDA70120-712-712
ー優れた道具は普遍性を帯びるー
ほんのひと昔前まで、猿が人間の祖先であることを想像できなかった通り、完成されたものの形というのは普遍性を帯びている。あたかもそれが誕生以来そうであったかのように、あるべき姿として捉えられる。
それは道具も然りだ。例えば奇をてらったデザインの車を見て、ある時代においてはその姿形が持て囃されたとしても、それを車本来の形と捉える人はいないだろう。反面、ポルシェはいつの時代もポルシェであり、人力を超えた高速移動を果たす道具として、これ以外の形を想像することはできない(※1)。
そして当然、我々アウトドアマンの根幹を成す道具、フィールドナイフにおいても普遍的な形というものは存在する。切削作業全般を司る万能道具として、もはやこれ以外の形を想像することはできない。R・W・ラブレス(※2)。たった一人の男から生み出されたナイフが、いま世界に流通するフィールドナイフの形を規定してしまったのだ(※3)。
ー手元で扱う万能道具としてバランスが追求された形ー
さて、ここでラブレスナイフを象徴する造形を挙げるなら、ブレードからハンドルまでのシルエットを一枚の金属板からそのまま削り出すフルタング構造が有名だ(※4)。これによりブレードとハンドルが完全に一体となるため、それまでのハンドル別体構造では実現し得なかった圧倒的強度と剛性を実現したのである。
とはいえ、実はこの構造自体は有史以来細々と伝えられてきた手法であり、ラブレス自身、1848年頃にラムソン&グッドナウによって作られたフルタングナイフをコレクションしている。彼がこの構造をフィールドナイフのデフォルトにまで引き上げた背景には、もっと他の理由があるのだ。
「ボブさん(ラブレスの愛称)は、何よりナイフのバランスを大事にしていましたね。同じドロップハンターでも、4インチモデルは単に3インチモデルのブレード延長仕様というわけではないんですよ。ナイフ制作においてどこにどれだけの力を掛けているかと聞いたときは、全体を10とするとブレードに6、ハンドルに4と言っていました。握っては削り、握っては削り、ハンドル周りの造形には大変時間を掛けていたと記憶しています。要は万能性を身の上とするナイフの使いやすさって、ブレードの切れ味だけではなくて、どんなシチュエーションでも扱いやすいデザインやバランスなのだと示してくれたのです」
ラブレスに師事し、いまや世界的カスタムメーカーとなっている相田義人氏はそう語る。従来のナイフにはハンドル固定用の真鍮部品といった、ナイフの強度とは関係のない重量物を備えていて著しくバランスが崩れている。ゆえにラブレスは最小限の部品で強度を確保できるフルタング構造を採用し、さらにはタング末端をテーパー状に削る(※5)などして、手元で扱う万能道具としての適正バランスを実現したのである。こうして出来上がった彼の作品は、あたかもナイフが誕生して以来そうであったかのように、あるべき姿に収まっている。
※1 人力を超えた大量運搬を果たす道具なら、トヨタ・ハイエース以外の形を想像することはできないだろう(自家用車・車内運搬の場合)。
※2 ロバート・ウォルドーフ・ラブレス(1929〜2010)。現代のフィールドナイフに多大な影響を与えた、言わずと知れたナイフの神様。
※3 実用性を重視したシースナイフを想定。利便性重視のマルチツールなどは、また違ったカテゴリーに属している道具である。
※4 この構造に付随して有名なのがストック&リムーバル法。ラブレスが提唱したこのナイフ製造技術も現代ナイフの基本となっている。
※5 このテーパータングもラブレスナイフを象徴する造形だ。大量生産モデルにはないディテールであり、ナイフの重心を整えるのに不可欠。
3"Dropped Hunter
鹿の解体を想定した実践的ハンティングナイフ
ディアハンターのために作られたドロップハンターの3インチブレード仕様(相田氏曰く、最善のバランスを得るため実際には3インチ未満)。その名の通り、鹿の腹部切断のためにポイントがわずかに落ち、皮剥ぎ作業のために深い曲線を備えている。
流麗なコンベンショナルハンドルは様々な持ち方が強いられる鹿の解体を想定。エッジ以外、ナイフ全体を通して角がない造形も実践的使い勝手を重視するラブレスの特徴だ。
4"Dropped Hunter
美しいハンドルが流麗なデザインを引き立てる
こちらはドロップハンターの4インチモデル。3インチと見比べるとわかるが、こちらはヒルトがナイフの中心に据えられ、ブレードとナイフが等分されるバランスとなっている。最適な重心を持ち、ブレード長を感じさせないハンドリングが可能だ。
ドロップハンターならではの流れるようなシルエットが引き立つビッグホーンシープハンドル仕様。重心の関係で4インチモデルは3インチモデルと比べてリカッソ部が長い。
4"Semi-Skinner
長年のフィールドテストが生んだ万能ブレードが魅力
長年の設計作業とフィールドテストを重ねて編み出されたセミスキナーは、ナイフ先端が若干セットバックされた特徴的シルエットを持ち、様々な切断作業に対応する。あらゆることを1本のナイフでこなしたいストイックなハンター向けに開発された。
ブレード先端がセットバックされることで大きく緩やかなアールを確保し、エッジ全体を通して最適な力を掛けることができる。幅広のヒルトが親指の良いレストポイントになる。
4"Fishing Knife
ブレード形状を活かすハンドルデザインが秀逸
その名の通り、魚の解体に適した直線的ブレードを備える1本。特徴的なハンドルエンドの造形は、エンドを握りこむように持つことでエッジ先端が緻密に操れるという工夫だろう。ヒルト部も最低限の隆起にとどめてカッティングボードとの干渉を防いでいる。
エンドに向けてテーパー状に厚みが増すハンドルは、その造形と合わせて握りこみやすい。削り込みの効かないスタッグ材を使っているだけに、意図的であることは確かだ。
4"Gut-Hook Skinner
特定作業に特化したレアケース
レザービジネスに従事するプロのビッグゲーム(大型獣)ガイドを想定して作られたナイフで、カタログにも「ほとんどのお客様にはお勧めできません」と断言されている皮剥特化モデル。とはいえ、特定作業に特化した複雑なブレード形状は魅力的に映る。
分厚く、短く、深いアールのついたスキナーブレードには腹や脚の皮を効率良く、かつ美しく裂けるガットフックが備わる。ハンドルも皮剥時の握り方に寄せた凹凸を設けている。
Field & Stream
日本のフィールドに最適なスモールゲームナイフ
親日家としても知られているラブレスが日本のフィールドを前提に制作したモデル。鋭いポイントを備えた細身のブレードは渓流魚から鳥類、小動物の解体時に軽快なハンドリングを発揮。その名の通り、我々のような野生派アウトドアマンに最適だ。
汎用性の高い3-1/2インチブレードを備える。あらゆる部位が無駄なくシンプルに収められたデザインは、ラブレスナイフがあくまで実用品であることを示す好例と言える。
3"Piker and 2-1/2"Randall
様々な獲物を想定したトラウト&バードナイフ
変わり種としては、ケーパーブレードを備えた「パイカー」とスキナーブレードを備えた「ランドール」のセットで、フィッシングからハンティングまでをカバーするトラウト&バードナイフも存在する。当然シースも2本まとめて収納できる仕様となる。
分厚い鋼材を薄く削ることで、高い強度、最適な重心、精密な作業性を実現している。
ヒルトレスのミニマムな仕様だが、ハンドルの造形により確かなグリップを確保する。
マトリックスアイダが所蔵する至宝
ここで紹介したナイフは、生前のラブレスと親交の深かったマトリックスアイダ代表・相田義正氏のコレクションだ。大変貴重なナイフばかりだが、ここではあくまで実用品としての側面を解説させてもらった。
コレクションの中にはシリアルナンバーではなく、ラブレスの個人所有を意味する「R.W.L」が刻まれた傑作品もある。
5"Utility-Hunter
ナイフの万能性を体現する象徴的モデル
突き刺す、剥ぐ、切り取るなど、あらゆるフィールドでの使用を目的としたラブレスナイフを象徴する1本。深く波打ったインプルーブドハンドルは見た目とは裏腹、どんな握り方をしてもピタリと掌に収まる造形で、4インチモデルと合わせて人気が高い。
一見握り方が限定されそうなハンドルだが、スキナーとして横手に持っても全ての指があるべきところに収まる。鋭いポイントと長い直線部を備えるブレードは万能だ。