【Vol.32】野生素材図鑑 ー人類だけの繁栄じゃない、暮らしの素はすぐそこで生きているー

カメ五郎の天然道具考

本誌P15で紹介した野生素材を使って、カメ五郎が挑戦するのは海釣り。最新の道具を使ってさえ今時期(2月取材)の陸っぱりは難しいが、果たしてカメ五郎は完全なる0円道具で魚を釣り上げることはできるのか? 

写真/編集部

道具を作るための構想段階こそ面白い

ことのはじまりは年明け早々。カメ五郎を都会に引きずり出し、同企画内容を打診すると、自信なさげな返事が返ってくる。

「今時期の海はちゃんとした道具でも、なかなか魚は釣れないですよ」

その特異な嗜好からメディアの強引な企画にさらされがちなカメ五郎。戸惑いを抱きながらも強引な企画を受けて立つその裏には、勉強家で負けず嫌いな彼の性分が見える。もちろん、こちらも冬の陸っぱりの難しさは百も承知だが、カメ五郎の頭の中には既に無数の野生素材が浮かんでいることも知っている。

「道糸とハリスは先人の知恵が残されているから何とかなりますね。いざとなれば私の髪の毛を使う手もあります。サバイバル環境で役立つと思って髪を伸ばしていますから」

つまり、高強度で細くなければならないハリスを自然界で見つけられなかった場合、髪の毛をよって使うというのだ。確かにカメ五郎の髪の毛は野生素材と言えるのでセーフ。

残された問題は、針である。「鉄針には人類の英知が詰まっている」と言えるくらい針の造形は繊細で、それがそのまま釣果に出る。果たして自然界にこれの代用が務まるものはあるのだろうか。

「色々考えましたが、ジャケツイバラならもしかしていけるかなぁ……。実体験として、山ではいつもあれに釣り上げられていますから」

取材当日に出揃った野生素材の下準備は以下のとおりである。

天然漁具の作り方

 01.ヤマフジの道糸

強度もしっかり確保した森で作れる糸の定番

ナタでも一発で断つことができないほど、超繊維質な性質が光るヤマフジ。そもそもが蔓状なので繋ぎ合わせなくとも長さは十分に確保できるため、森で簡単に作れる糸としては最も高性能と言える。強度と自重が必要な道糸はこれで決まり。

太過ぎると加工が大変になるため、指程度の太さの蔓を使う。石で叩いて蔓の樹皮を剥がし、内側の柔らかい繊維を丁寧に取り出す。最後に乾いて切れないよう程度に水分を足しながら撚り合わせれば完成だ。

 02.ヤママユガのハリス

山で採れるものだがその特性は絹と同じ

釣り針をつけるためのハリスにはヤママユガの繭を解いて使う。幼虫はクヌギやコナラといったブナ科の樹木の葉を食べて成長するので探す際の目安に。ヤママユガの繭から作った糸は「天蚕糸(てんさんし)」と呼ばれる高級品となる。

 03.ジャケツイバラの針

森の厄介者も所変われば海の最終兵器となる

釣り針の素材にするのはジャケツイバラ。日当たりの良い場所に群生するマメ科のつる性落葉低木で、樹木全体に鋭い棘がある。茎の細い部分は顕著に逆刺となるので、今回はこの部分を切り取って利用することにした。

先端の鉤状の棘は強靭で衣類などが引っかからないように注意する。肌に刺さった際、反射的に手を引っ込めてしまうと皮膚がえぐれてしまうほど鋭利だ。

 04.布袋竹の竿

もはや説明不要の天然釣り道具

今でも和竿の定番として使われている布袋竹。人里にも生えているので調達しやすく(しっかり所有者に許可をもらってから採ること)、まっすぐに育っている個体を選べば、乾燥させなくともそのまま使えるから便利だ。

天然仕掛けの組み立て

 その1 竹竿に道糸をセットする

竹竿先端に備わる天然の節にヤマフジの道糸を巻きつけ、竿と同程度の長さでカット。今回は飛距離より取り回しの良さを重視したセッティングとした。

乾燥前の竹竿のしなりは上々。この特性が100%天然から生まれるというのだから、改めて野生素材の秘めたる力を感じることができる。

 その2 道糸にオモリを付ける

道糸の先端には石ころのオモリを付けた。取り付けは適度な長さの道糸を別途切り出し、石ころにグルグルと巻きつけて結ぶだけ。原始的だが実用性は十分だ。

ヤマフジの道糸は麻紐などと同じく、水に濡れると膨張して結び目が硬く締まる。先の原始的手法はここまでわかった上での選択だ。

その3 ハリスと針を仕掛ける

道糸にオモリを取り付けたら、次は海水に餌が漂うように軽いヤママユガのハリスを取り付け、その先端にジャケツイバラの針を付ける。鯉釣りやフナ釣りに馴染みのあるカメ五郎は二本針仕掛けを採用した。

その4 針に餌を取り付ける

ジャケツイバラの針は逆刺とはいえ短く、カエシも付いていない。餌も現地調達となるが、フジツボやカメノテでは柔らかすぎて取り付けられないため、巻貝を採取。

フジツボやカメノテは岩にびっしり付いているものの、巻貝系の餌はよく探さないと見つからなかった。ここでのタイムロスも釣果に響いたか。

確かに釣れる手応えはあった

漁具の準備が整ったら仕掛けを組んで、早速糸を垂らす。今回訪れた神奈川県・真鶴の磯は巨大なヒラスズキも上がる優良なエリアだが、さすがに2月頭のオフシーズンに釣り人はおらず。魚の気配を感じられないまましばらく糸を泳がせるも、当たり前だがなかなか食わないので一旦仕掛けをあげてみることにした。

すると、何やら得体の知れない繊維質のものが釣れた……のではなくて、ヤママユガの蛹から紡いだハリスが白波にほぐされ絡んでいたことが発覚した。これじゃあ釣れるわけがないとしばし策を考えるが、餌となる貝は外れていないため針の具合は良さそうだ。ならばハリスを1本に絞り、大物狙いから岩の隙間に潜むソイなどを狙うことにした。

ちなみに「想像以上に良い出来。これなら十分に魚は釣れるだろうね」とは、カメ五郎の作った天然仕掛けを観察する同取材の助っ人・横塚翁の言葉だ。本誌でも連載を持つ御歳72歳、釣り歴は半世紀以上の生き字引が言うのだから、今後の展開に期待が膨らむ……。

で、その釣果は? いわゆる釣り雑誌で言うところの「一瞬バレ」だった。コツッと引きはあったが魚を釣り上げるまでには至らず。ジャケツイバラの逆刺にカエシがないため逃げられたのだろう。すでにカメ五郎は次回リベンジのために構想を練っている。本誌が発売されるころには、どこかの森で抜群の野生素材を見つけているだろう。乞うご期待。

〜釣 果〜

一瞬バレになくがジャケツイバラの性能も確認

残念ながらコツッとしたアタリはあったものの魚を陸地へ釣り上げるまでには至らず。とはいえ横塚翁が釣り上げたソイを用いて、ジャケツイバラの逆刺の性能を確認することはできた。暴れられるとすぐに外れてしまうが、とにかく陸地に放り上げるような気持ちで一気に引き上げれば、針はしっかりとソイの口に刺さる。