【vol.58】酷道207号

ドライブするだけで命に危険が迫る国道をご存知だろうか。「国道」と聞けば、生活道路よりも道幅が広く、きちんと整備されている道をイメージしがちだ。しかし、全国にはそんな常識を根底から覆す、とんでもない国道が数多く存在する。そんな危険でエキサイティングな国道のことを、我々は“酷道”と呼んでいる。

今回の酷道

道路改良の波が迫る
海岸沿いの酷道
長崎県諫早市〜長崎県西彼杵郡長与町

この日、私は長崎に来ていた。岐阜の自宅を出発し、高速道路を走り続けること10時間。もう高規格道路に飽きてうんざりしていた。目的地である長崎市街に入る前に、大村湾に向かった。ドライブによるストレスは、ドライブで晴らすしかない。

長崎県の中央部に位置する大村湾は、山と島に囲まれており、一見すると大きな湖のように見える。南北26キロ、東西11キロにおよぶ大村湾だが、外海と接しているのは北西部の2箇所、180mと10mの幅しかない。そんな閉ざされた海である大村湾の南岸に沿って伸びているのが、国道207号だ。

長崎自動車道から国道207号に入る。国道34号との併設区間は片側2車線の立派な道路で、交通量も多い。国道34号と離れると、いよいよ幅員減少の標識が現れた。標識には“国道207は道幅が狭いので県道33に進んで下さい”と書かれている。県道への迂回を促されてしまっては、国道の肩身が狭い。

そんな207号を進むが、思いのほか快適な道が続く。大村湾に沿って、やや高い位置を走るため、とても眺めがいい。大村湾を眼下に見渡すことができる。また、反対の山手側には、段々畑が広がっていた。みかんの産地らしく、急斜面に張り付くようにして小さな畑が何段にも連なっている。海と段々畑。ドライブには最高の場所だ。

しかし、肝心の酷道が見えてこない。この地形であれば、もう酷道であってもおかしくない。車を停めて地図アプリを確認すると、案の定、酷道の画像が現れた。アプリが画像データを収集した時点では、車1台がギリギリ通れる道幅しかない酷道だった。つまり、最近になって拡幅工事が行われ、快適な2車線道路に生まれ変わっていたのだ。

ガッカリしたが、この先に必ず酷道があるはずだ。そう信じて真新しい舗装路を走っていると、ついに酷道が現れた。センターラインが消え、ピカピカだった舗装は古び、道幅が一気に絞りこまれてゆく。頭上の木々が日光を遮り、昼間だというのに薄暗い。この雰囲気こそが、待ちに待っていた酷道だ。

海岸に沿った高い位置を、急斜面のみかん畑や民家のすき間を縫うようにして走る。本当ならゆっくり景色を眺め、写真も撮りながら走りたかったが、そうはできなかった。交通量が多いからだ。

道路改良が着々と進み、酷道の状態で残っている区間は限られている。そのため、県道に迂回せず、国道を走る車が増えたようだ。油断してゆっくり走っていると、後続車や対向車が次々とやって来る。

途中、詳細不明の蟹のオブジェを見たり、柑橘類の無人販売所で買い物をしつつ、短い酷道区間を終えた。時間にして20分ほどだったが、いいリフレッシュになった。

この207号も、いずれ全線が高規格化され、酷道ではなくなってしまう日がくるだろう。いつまでも、あると思うな親と酷道。酷道は、あるうちに走っておきたいものだ。

道路沿いにあった謎の蟹。何の説明もなく、誰がいつどのような目的で設置したのか、全く分からない。

海と畑と集落。丘の中腹あたりに国道207号が伸びている。

鹿取茂雄

酷い道や廃れた場所に魅力を感じ、週末になると全国の酷道や廃墟を旅している。2000年にWEBサイト「TEAM 酷道」をスタート。新著『酷道大百科』(実業之日本社)発売中!
http://teamkokudo.org/