【vol.40】夏山遭難対策 ー山を歩くための基本テクニックを今こそ身に付けたいー

山を自由に歩くための近道は、山の玄人に教わりたい!
やぶ山三ちゃんの地図読み講習会

今回の地図読みページは、登山ガイド・三上浩文氏が日頃行なっている「やぶ山三ちゃんの地図読み講習会」を基にしている。山岳ガイド協会からプロ向けの地図読み講習も任される人物だけに、その知識量は膨大で講習内容も実践的。地図読みを習得したい読者は、迷わず三ちゃんを頼ろう(遠方での講習も要相談)。https://mtgd3chan.blogspot.com/

登山ガイド 三上浩文

服部文祥をして「日本にまだこんな山ヤが現存していたのか」と言わしめる熟練の登山ガイド。人柄は実直にして話好き。本誌の地図読み企画には欠かせない人物である。

講習会は「尾根の隣に尾根はない! 沢の隣に沢ない!」など、地形の基礎を説く座学から開始。実習では三ちゃんが様々なノウハウを解説しながら歩き、ときに参加者に先導させるなどして地図読みを学ぶ。

素早く的確な地図読みは行為そのものが面白い

夏山は我々獲物系アウトドアマンにとっても絶好のフィールド。だが、例えそれが近所の低山であっても、自然環境に踏み入った以上は常に遭難のリスクが付いてまわるのだ。毎年必ず起きてしまう遭難事故。果たしてこれを防ぐ方法はあるのか。

率直に言って、遭難を完璧に防ぐ方法というのは存在しない。ときに遭難は、想定外の悪天候や怪我によっても偶発的に起きてしまうからだ。とはいえ、経験不足が招く道迷いに至っては、そのリスクを大幅に軽減する術がある。

地図読み。これは国土地理院が提供する「地形図」を用いて現在地を把握し、目的地までの最適ルートをトレースする山行術だ。本来、山へ立ち入る以上は誰もが習得するべき基本技術なので、ここではその一片でも、現在地把握の第一歩となる「等高線」対「地形」の感覚を掴んでもらえれば幸いである。

さて、実際にフィールドに出て、地形図上の等高線と実際の地形を照らし合わせてみるとわかるが、ただ闇雲に地形図とにらめっこするだけでは効率が悪い。地形図に描かれた等高線にはいくつかの特徴的パターンがあって、これが現実世界にも特徴的な地形として現れるのだ。地図読みはこのような事例を脳内にストックするほどに、まるで宝探しをしているような感覚で素早く的確にこなせるようになる。

文/相原由和 写真/渡邉長士、相原由和 イラスト/スズキサトル

01 現代のインフラに隠された地形を探る

スタート地点から山に入らず、道路を歩いていく三ちゃん。実はこの道路にも特徴的な地形が隠されているのである。現場の地形図を確認すると、まず尾根筋(赤線)が道路を跨いでいることが確認できる。また、道路は途中まで沢筋(青線)に沿って作られていることも読み取れるのだ。普段はまったく気にしていない地形だが、地形図と照らし合わせることで“ブラタモリ”的に遠い過去の情景を想像することができる。乗っけから地図読みの面白みを感じた。

●地点から後方の道路を望むと、先ほどの尾根が道路の左側を走り、道路が沢状に窪んでいることがわかる。尾根からの斜面は、今ではコンクリート塀により削られているのだ。

写真ではわかりにくいが、●地点から尾根筋を望むと、確かに尾根は道路で分断されていることが確認できる。また、尾根はそのまま道路の右側に沿って続いていることもわかる。

02 尾根と沢の連なりで 現在位置を探る

山へ入ってしばらくすると山道を北上することになる。地形図を確認すると左側には尾根(赤線)、沢(青線)が等間隔に並んでいるため、これを目視確認していけば現在地を随時把握することができる。が、今回想定しているのはあくまで夏山だ。薮で明確な地形を確認できない場合は、左側の空間を意識して歩きたい。つまりは山道を北上するにつれて、地形図左隅にある主稜線が近づいてくる。山道のすぐ左側に斜面を確認できた時、青●地点にいることがわかる。

地形図を確認すると、赤●地点ではまだ山道から左側の主稜線まで、距離があることがわかる。実際には山道左側に平坦な空間が広がり、薮の奥に斜面を確認できるといった感じだ。

青●地点までくると、山道のすぐ左側まで斜面が迫ってくる。斜面の有無を確認する方法ならどんなに藪が茂っていても目視できるので、夏山での現在地把握に役立つ。

03 鋭角に折れる 等高線の特徴を掴む

続いては地形図左下から右上へ伸びる山道を進む。この際、地形図でも目視でも山道右側に沢筋が走っていることがわかるので、今回は沢を表す等高線の先端角度および幅の違いを実際の地形と照合した。まず赤○部の等高線は鋭角に尖り、幅も狭い。実際の地形では沢の斜面がストンと落ちる、深くえぐれた沢筋であった。続いて青○部の等高線。こちらは若干先端が丸まり、幅も緩やかに開いている。実際に地形では先ほどに比べて随分と浅い沢筋だ。

等高線は標高差10mごとに引かれている。ゆえに赤○部のトンガリの内側と外側では、この狭い範囲で随分な高低差があるということだ。実際の沢も急激に深くえぐれている。

地形図の青○部を見てもわかる通り、ここで山道が沢を横切っている。沢を埋めた分、実際の地形はさらに緩やかな凹みとなっていて、地形図を気にしていなければ沢と気づかないだろう。

04 地形図上の空白部にも高低差は存在する①

ここからは折り返して稜線上の山道を行くが、早速特徴的なコルに出合った。これを地形図で確認すると等高線不在の空白部が縦長に伸びている。地形図上では真っ平らに見えてしまうものの、実はここにも10m(等高線が表せる標高差の最小単位)以内の凹凸があり、それを予測して現在地把握に活かすことができるのだ。例えばこのコルの西側には、2本の沢(青線)と1本の尾根(赤線)を表す等高線のうねりがある。当然沢は凹、尾根は凸なので、●地点から見ると実際には、さらに小さなコル(青○)、ピーク(赤○)、コル(青○)が連なっているのだ。

実際に地形図上の●地点から見下ろすと、沢が取り付いている部分がコル、そこから登り返しとなってピーク、同地点からは藪で確認できないが、この先がまたコルになると予測できる。今回のキモは地形図上でピョコンと飛び出す尾根の存在だろう。

05 ピークの形からも高低差は予測できる

地図読み山行も中盤に差し掛かり、一行は地形図右上から左下へ縦断する稜線の山道を下る。この時、地形図上に丸く閉じた等高線、すなわち周辺より標高が高いピークが2つあるとわかるが、この特徴的な等高線をあらかじめ確認しておくと、現在地把握のわかりやすい指標となるので覚えておきたい。また、当然のことながら丸く閉じた等高線内にも10m以内の標高差があり、はじめに出合う米粒型ピークは、比較的急な尾根に繋がる上方が高く(右上赤○部)、2つ目のへの字型ピークは沢が取り付く真ん中が低い、つまりは両端が高い(2つの赤○部)と予測できるのだ。

への字型ピーク上の●地点を歩くと確かに凹んでいた。とはいえ、地形図上では長細いピークだが、実際はこの凹凸のおかげで単に起伏のある山道を歩いている感覚となってしまう。ここをピークと捉えるためにも、10m以内の標高差を地形図から読み取る感覚は重要だろう。

06 地形図上の空白部にも 高低差は存在する②

引き続き稜線の山道を下るが、ここでも等高線による描写が乏しい空白部に出くわす。とはいえ、地形図にはいくつか特徴的な等高線が描かれているので、これを手掛かりに実際の地形と照合した。ここでとにかく特徴的だったのは、●地点の長細く飛び出した岬状の等高線。この岬は尾根に沢が両側からぶつかってできた形なので、当然沢の取り付き部は低く、岬の先端は盛り上がるように高くなっている。その後の地図読みは前出の④と同じだ。

岬状の等高線先端部は予測通り小ピークとなっていた。ここも現在地把握のポイントだ。

地形図でルート上に三角点(赤○部)を確認できれば、これこそ紛れもない現在地把握の指標となる。たまに地形図上の位置からズレている場合もあるので注意。

07 単純明快な尾根歩き術

地図読み講習も終盤、三ちゃんは編集部を先行させ、饅頭峠を過ぎた先の三角点まで導けと言う。そうして編集部を待ち受けていたトラップが、地形図に記した踏み跡(水色線)だ。ルート全体図の通り、目的の三角点は尾根上。しかしながら編集部は、●地点で導かれるように林道へ続く踏み跡を進んでしまったのだ。そこで三ちゃんの制止が入る。「尾根(赤線)を歩いているうちは、必ず右手側に大きな沢(青線)が見えているはず」。なるほど、踏み跡からは沢が見えない。

人為的な踏み跡(水色線)は目立つので無意識にトレースしたくなるが、目的の三角点は尾根上(赤線)だ。右手に沢が見えているかぎりは尾根上を歩いている証拠となるので、この際左手側の地形は無視してよいのである。

ちなみに尾根から外れてしまった際の視点がこちら。当然尾根の向こう側にある沢を望むことはできない。

08 現在地把握の手段は 無限にあるのだ

目的地寸前の地形図。藪で周辺の地形を確認しづらいが、ここでも現在地把握の手段はある。まずは赤○部。ここは尾根のすぐ横に林道が通っているため、左手側下方に林道を見つけることができれば現在地を把握できる。続いて青○部。ここは前出の③と逆パターン。幅の狭い等高線は、沢なら急激に深くえぐれ、尾根なら両側が切れ立つ痩せた地形となる。地形図の通り、この痩せた尾根が進行方向右側に大きくカーブしていたら、目的地はすぐそこだ。

青○部の痩せた尾根筋。こういった地形は視覚でも捉えやすく、筋がはっきりとしているので安心だ。

ついに目的の三角点に到達。踏み跡のトラップに引っかかったものの、そんな経験も含めて地形図を読みながら先導するのは勉強になる。三ちゃん様様。

寝床作りとともに覚えたいフィールドのサバイバル技法
地形図とコンパスの使い方

今回は地形図上の等高線と実際の地形を照合し、様々な事例を解説してきたが、当然「やぶ山三ちゃんの地図読み講習会」では、プレートコンパスを用いて目的地を目指すといった講習も行なっている。この技術も、藪が生い茂る夏山では歴としたサバイバル技法となる。

フィールドの必需品
2万5000分ノ1 地形図

地図と言っても様々な種類があるが、山行における読図に用いるなら国土地理院がまとめている「2万5000分ノ1地形図」を選ぶのが基本。よくぞここまで調べてくれたものだと感心するぐらいに、等高線によって小尾根などのディテールが再現されている。地形図と現在地の照合が不可欠な藪山行においては、このリアリティが重要となるのだ。ちなみにこの図に引かれている等高線は標高10m刻みで、50mごとに少し太い計曲線が引かれている。現在では日本地図センターや大手書店以外にも、インターネット上から地図を入手可能だ。

国土地理院ホームページにて

「電子国土web」からも2万5000分ノ1地形図は無料で入手可能だ。こちらは自分に必要なエリアを自由に切り出せるだけでなく、PC上で磁北線やマーカーなどを付けることができる。

日本地図センターor取扱書店にて

登山者に長年愛されている柾判(縦46cm×横58cm)の紙地図。細かくエリア分けされているので、ルートが地図を跨ぐ場合は隣り合う2枚の地図を張り合わせたい。

地形図を入手したら磁北線を書き込む

地図は真北を上にして作られているが、コンパスの赤針は地球が球体である関係で真北から6〜8度ほど西に傾いた方向を指す。そこでこのズレを解消するために地図に書き込むのが磁北線である。入手した地図が本州エリアであれば、西に7度傾いた線を書き込んでおけば良いだろう。先に紹介した2万5000分ノ1地形図には、磁北西偏角度としてエリアごとに正確な磁北線の角度が記されている。

通常磁北線は自分が歩こうとしているエリア一帯に赤ボールペンなどで引くものだが、電子国土webのツールを使えば正確な磁北線をPC上で引いてくれる。

フィールドの必需品
プレートコンパス

地形図に記載された等圧線や記号を正確に把握することができれば、自分の現在地と進むべき進路を決定することができる。とはいえ、道もなく草木が生い茂る藪山の真ん中でそれらを正確に照合できるかと言えば困難だろう。そこでコンパスの登場である。例えば周囲の視界がゼロに等しい笹藪であっても、目標地までの正確な方角があらかじめ分かっていれば切り抜けられる可能性が高い。進行線が付いたプレートコンパスを使えば、より正確な進路維持ができるようになる。コンパスには様々な使い方があるが、ここでは最も代表的な使い方に絞って解説したい。

コンパスと地形図を使って進行方向を確認する

ここで紹介するのは、地形図上の現在地と目的地を結ぶ線から実際の現在地→目的地の進路方向を導き出すテクニックだ。重要となるのは地形図上の現在地と今自分が立っている地点が同じであることで、これを読み間違えると全く意味をなさなくなってしまう。確実な方法としては、現在地が明確な山行の出発地点から随時このテクニックで進路を確認し、繰り返し現在地と目的地を結んでいくことである(もちろん、地形図と周辺状況から正確に現在地を割り出せるなら、必要な場面にだけこのテクニックを活用すればいい)。

STEP01

例えば今いる場所が地形図上の赤丸で、目的地が青丸とした場合、まずはコンパスの側辺でこの2点を結ぶ。続いて地形図に引いた磁北線とコンパスのノースマークを平行に合わせる。これでコンパスは目的地までの進路方向を記憶したことになる。

STEP02

目的地までの方向を記憶させたら、コンパスを地面と平行に、進行線が身体の正面を指すように持ち、ノースマークと赤針が重なるまで体を回転させていく。そしてノースマークと赤針が重なったときに進行線が指している方向が、目的地までの進路方向となる。

ノースマークと赤針を重ねる際、地図の磁北線とノースマークを平行にしておけば、地図もカーナビでいうヘッドアップ状態になる。