【vol.52】酷道425号

ドライブするだけで命に危険が迫る国道をご存知だろうか。「国道」と聞けば、生活道路よりも道幅が広く、きちんと整備されている道をイメージしがちだ。しかし、全国にはそんな常識を根底から覆す、とんでもない国道が数多く存在する。そんな危険でエキサイティングな国道のことを、我々は“酷道”と呼んでいる。

今回の酷道

死と孤独との闘い
延々と続く酷道
三重県尾鷲市〜和歌山県御坊市

誰が言ったか知らないが〝日本三大酷道〟というのがある。岐阜と福井を結ぶ国道418号、四国を横断する439号、そして紀伊半島を横断する425号だ。何となく納得してしまうこの三大酷道だが、単なる道の酷さだけで選ばれたとは思えない。もっと酷い国道は、たくさん存在している。

酷道を実際に走ると、瞬間的な酷さよりも、距離の長さのほうが精神的ダメージは大きい。距離等も考慮し、三大酷道が選ばれたのではないだろうか。酷道マニアは自ら苦行を重ねることで、苦痛を快楽に脳内変換しているのかもしれない。

酷道425号は、実延長約177㎞のうち、ほとんどが酷道だ。道の酷さ、距離の長さもさることながら、道中にコンビニやガソリンスタンドが無いという状況も酷い。

起点である三重県尾鷲市から425号へ突入すると、心の準備をする暇もなく、酷道と化した。1車線の心細い道で山を登ってゆく。

対向車とすれ違うことができないトンネルを抜けると、これまでの又口川と別れ、古川に沿って延々とクネクネ道が続く。奈良県に入り坂本ダムが近づいてくると、立派な滝が見えてきた。滝は2段になっていて、落差は合わせて125mもある。まさに名瀑だ。こうした絶景を独り占めできるのも、酷道の大きな魅力だ。

走り始めてから2時間、奈良県下北山村で久しぶりに民家を見た。ただ集落があって、そこに人が暮らしていると分かるだけで、とても安心する。

ここからさらに1時間以上走ると、十津川村で再び集落を目にする。道中にある街は、基本的にこの2箇所のみ。街といっても、どの方位からも到達が困難で 〝本州最後の秘境〟などと呼ばれている。コンビニなどあるはずがなく、自販機があるだけありがたいと思うしかない。

既に半日、酷道を走り続けている。正直な話、もうお腹いっぱいになっていた。おかわりは欲しくないが、まだ道半ばである。ここから抜け出すには、酷道を走るしかない。非常に追い込まれた状況だ。

さらに追い打ちをかけるように、道はさらに酷くなった。これまであったガードレールは姿を消し、川底へ遮るものは何もない。その代わりに設置されているのが〝転落死亡〟と書かれた無数の看板だ。物理的に遮るのではなく、心に訴えかける作戦だ。看板が功を奏さなかったのか、残念ながら実際に転落死亡事故が発生している。緊張感を取り戻して、慎重に運転する。

途中、絶景ポイントに立ち寄りつつ、和歌山県に入った。終点の御坊市に到達する頃には、すっかり日が傾いていた。完全に1日仕事だ。

紀伊半島を横断するのなら、大きく迂回して他のルートを走った方が、はるかに早くて安全だろう。しかし、そこには転落による生命の危険も、空腹も、ガス欠の恐怖も、絶景の独り占めも、走破した達成感も無い。あなたなら、どちらの道を選ぶだろうか。

途中、久々に民家を見て安心するが、集落内も気を抜けない酷道だ。

ガードレールの代わりに?設置されている注意喚起の看板。転落死亡事故には気をつけよう。

鹿取茂雄

酷い道や廃れた場所に魅力を感じ、週末になると全国の酷道や廃墟を旅している。2000年にWEBサイト「TEAM 酷道」をスタート。新著『酷道大百科』(実業之日本社)発売中!
http://teamkokudo.org/